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ぐっと黙った蜂屋が首を左右に振る。
「そんなことできへん。そんなん勝手すぎるわ」
「できないなら悩み続ければ?但し、お前がどれだけ考えたって、それは相手には伝わらない。もう他人になった相手に、お前なりの誠意は一生届かない」
無意識に手がポケットの中の煙草を掴み、けれど放す。あと少しの我慢と自分を叱咤して、迷子の蜂に少しだけ顔を近づけた。
テーブルに見えない境界線を引き、これ以上は踏み入らないと自信に念を押す。正面から見つめた蜂屋に手を伸ばすことはせず、視線だけを向けた。
「でも、お前のその誠意は、今お前の傍にいてくれる相手には伝わってる。歩はお前のことを良いやつだって言うし、慧だってお前を信頼してる。お前がしてきたことは間違いもあったかもしれない。けど、全てが無駄なわけじゃない」
「せやからって許されるわけちゃうやろ」
「お前は誰に許されたいの?もう会わない相手に許されて意味があんの?」
これを慧が聞いたら、また無責任だと言われるんだろうか。綺麗ごとを信じるあの子なら、本気で怒るかもしれない。でも多分、蜂屋は違う。
「人は嫌なことを忘れなきゃ生きていけない。そうじゃないと生きているのが苦しくなって、まともに笑うことさえできない」
「なんか、経験者は語る……みたいな言い方やな、それ」
癖なのだろう。真剣に話している最中にも冗談を交える蜂屋に軽く頷く。
「あるよ。頭がおかしくなるぐらい悩んで、笑い方がわからなかった時が俺にもある。お前が俺のことをどう見てるのかは知らないけど、俺は自分ほど醜い人間はいないと思ってる」
漏れるような小声で蜂屋が「ほんまに?」と問うてくる。答えずに微笑み返せば、ようやくその目がこちらを見た。
今度はそらさず、しっかりと。でも少し不安の色を携えて。
「俺は自分がどうしたいんかわらへん。許されんのも辛い、非難されるんも辛い。自分で自分がわからんのに、誰にわかってもらえって言うん?自分で何がしたいかわからんのに、何のために生きろって言うん?」
蜂屋のその言葉に、逃げて逃げて、逃げても逃げても苦しくて仕方なかった時期を思い出す。
あの時、思いがけない場所で一生出ないと思った答えのヒントをもらった。
大事なことを教わった。
「それなら、お前以上にお前のことをわかってくれる人を探せばいい。その人を見つける為に生きればいい。その為にたくさん悩んで苦しんで、一回りも二回りも大きくなって、お前だけの特別を大切にすればいい」
──それは別に恋人じゃなくてもいい。とにかく『この人の為に生きたい』と思える人を探せ。いつか見つけ出した時、今までの苦しみが全て、その人と出会う為だったと思えば誇りに変わる。
「こんな俺にもできたんだから、蜂屋なら簡単に見つかると思うよ」
そう言った後、柄にもなく熱くなってしまった自分に苦笑が零れる。
気づけば越えないと決めていた境界線を通り越し、蜂屋が堪える吐息が、さっきよりも大きく聞こえた。
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