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「それも経験談?って、そんなん聞かんでもわかりきってるか」
かるく鼻を啜った蜂屋が身体を起こし、椅子の背凭れに凭れかかる。大きく反らして天井を見上げ、深いため息をついたかと思えば、そこにはもう暗く淀んだ表情はない。
「よくわからんけど、うじうじ考えてても仕方ないことはわかった。まあうん……ありがと」
「ありがと?年上に対して言うにしては軽すぎるだろ」
「ええやろ別に。俺ん中であんたは、ウサマルの彼氏で歩の兄ちゃんで、でもって胡散臭い男やねんから」
両頬を叩いた蜂屋はキリリとした顔をして周りを見回した。
「こん中に俺の特別がおるんかな?なあ、そういうのって出会ってすぐわかるもんなん?ほら、ビビッと電流が走ったとかよく言うやん」
「いや?最初の頃はそんな事なかったかな……ただのクソガキだったし、何度も泣かしてやろうかと思ってた」
「うわ、それ本人が知ったら傷つくで。ウサマルって恋に恋する乙女みたいなとこあるやん」
「そういうところが可愛いんだけどね。慣れれば生意気もワガママも可愛くて仕方ない」
へぇ、だか、ほぉだか生返事が返ってきて、軽く睨む。すると蜂屋はヘラヘラと笑い、残っていたコーヒーを飲んでごまかしやがった。
人のものを平然と奪って気にしない辺り、こいつも相当良い性格をしていると思う。
「あんな、ちょっと聞きたかったことがあるんやけど、聞いてもええ?」
「駄目」
「嘘やん!!ここは、いいよって答えるとこやろ?熱く語り合った仲やろ?」
「そんな仲いらない。それに、そんな気遣いもいらない。聞きたいことがあれば聞けばいいし、答えたくなかったら答えないから」
今さら何を気遣うことがあるのか、そう言うと蜂屋は視線を上げ下げして、ぼそぼそと訊ねてくる。
「その……ウサマルのどこがええんかなぁって。いや、ええとこあるのは知ってんねんで。でもほら、人って長所もあれば短所もあるもんやし……」
「要するにお前は、慧には短所の方が多いって言いたいわけ?」
「そこまでは言ってへんけど。まあ、短所の方が目立つなとは思ってる」
蜂屋の表情から悪意は感じられない。別に慧のことを悪く言うつもりはなく、ただ素直にそう思っていることが見て取れる。
だから嫌悪は感じなかった。感じたのは安堵だった。
「わからないなら、わからないままでいい。俺は自分が見ている慧君を好きなだけで、他人がどう思っていようが気持ちは変わらない」
「つまり?」
「俺以外の全員が慧を駄目なやつだと言っても、俺はそんなこと気にしない。俺は兎丸慧のためにだけ生きて、兎丸慧のことだけを想って、兎丸慧のことだけを死んでも愛し続ける」
長所や短所なんて、他人が勝手につけた名称でしかない。身勝手に思えるところでさえ愛しいなら、それはもう短所なんかじゃない。
だから慧には短所も長所も存在しない。あるのは何を言っても何をしても、ただ愛しいと思わせる何かだ。
「どこがいいかって質問には答えられない。答えなんてない、それが答え」
「……なんかそれって」
蜂屋は全吐息を吐き出すような深いため息を落とし、握った拳を口に押し当てる。どうせ重たいか気持ち悪いと言われることが予測できて、笑いが零れた。
何度も言われて慣れたその言葉を聞き流そうと窓の外に目を向けると、意外すぎる一言が返ってくる。
「めっちゃかっこええやん……俺あかんねん。こう見えて少女漫画とかめっちゃ好きで、そういうの言われるとキュンキュンしてまうねん……!」
ほんのり目元を染める蜂屋。お前に言ったわけではないのに勝手に脳内変換し、顔を手で仰いで熱を冷まそうとする。
どうして慧君の周りには変わったやつが集まるのだろう。その筆頭と言われているのは知っているけれど、自分は可愛らしい程度なのではないかと思える。
「胸キュンが止まらへん……今度仕事で使わせてもらうわな」
少なくとも目の前にいる赤い物体よりは、きっと俺の方がまともだ。
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