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水分を吸収した服が落ちる音。バサリと大きなその音が浴室に響き、足元を見る。そこにはリカちゃんが着ていた服が当然あって、せっかく似合っていたのに、もったいないと思った。
もったいないのはそれだけじゃなくて、出しっぱなしのシャワーも同じだ。出続けるお湯を止めようと手を伸ばすけど、俺の指は目的の物にはたどり着かない。
左手だけじゃなく、右手も封じられてしまう。両手を囚われ見上げるのは、リカちゃんだけ。
「水、もったいない」
「うん」
「服も。似合ってたのに」
「洗濯すれば済む話だよ」
まだ未練がましく、床に散らばった服を見ようとする俺にリカちゃんが顔を寄せてくる。正面から向かい合って、頬に鼻先を擦りつける。
リカちゃんから石鹸の匂いはしない。いつもつけている香水の甘い香りしかしない。けれど、それもそのうち流れ落ちてしまうだろう。
綺麗な黒髪を濡らし、程よく鍛えられた上半身も濡らす水が落としてしまう。そのくせ、透明なそれは何も隠してくれない。明るい浴室で、何も着ていない俺を隠してはくれない。
「綺麗」
リカちゃんが呟く。俺に向けて。
「普通だと思うけど。リカちゃんみたいに筋肉もないし、ヒョロいし……」
「うん、でも綺麗」
俺の身体のどこが綺麗なのかがわからない。柔らかさもないし逞しさもなくて、何の変哲もない身体だ。それなのにリカちゃんは、それをうっとりと眺め、恭しく触れる。
指じゃなくて唇で、首筋から肩、鎖骨の周りにまで口付けを落とす。
いつもは嫌ほどつけられるキスマークはない。触れるか触れないか、そんな距離で口付ける。
リカちゃんは何かに怯えているように見えた。だから常に触れていたくて、離れようとするのを極端に嫌がってるのかもしれない、そう思った。
触れたいけど、触れたら壊れてしまいそうな。そんな雰囲気がリカちゃんから伝わってくる。
ぼんやりとそんなことを考えていると、鎖骨の辺りでリカちゃんが口を開く。
「今日、また1つ夢が叶った。慧君と一緒に大学で過ごせて、まるで自分がそこに存在してるかのような、そこにいて当然のような感じがして嬉しかった」
「リカちゃん?」
「ここがわからないとか、あの先生は課題が多くて嫌だとか、単位が厳しいとか。そんな会話がしたいと思ってた。絶対に無理だってわかってるのに、ずっと考えてた」
チリッと焼けるような鈍い痛みが走り、リカちゃんが触れていたところに赤い痕がつく。すぐ傍にも、少し離れたところにもつけて、どんどんリカちゃんの所有痕が刻まれていく。
「慧は早く大人になりたいって思っているだろうけど、俺は逆。昔に戻って、同じ時間で過ごしたい。慧が思うこと、悩むことを同じようにリアルタイムで知りたい」
「んっ……おい、いくらなんでもつけすぎ」
次々と増えていく赤い色。それは1つや2つじゃなく、このままだと両手の指でも足りないぐらいだ。
そんなにつける必要はないだろうと、リカちゃんを止めようとする。けれど、指を絡めとられていては口でしか制止できない。
「リカちゃん」
「よく、生まれ変わっても一緒になりたいとか言うけど、俺はそうは思わない」
「……え」
運命だなんて信じていないけど、そう言われると素直に寂しい。
死んだ後のことを、自分の都合でどうこうできるとは思わない。それでも、たとえ口先だけでも約束してほしいと思うのは、きっと好きな相手がいれば当然のことだろう。
どうしてこの状況で、そんなに残酷なことが言えるのだろう。リカちゃんは、それほど俺を想っていないのだろうか。次はこんなに手のかかる相手じゃなく、もっと自分に合った人がいいのだろうか。
マイナスの思考が頭を支配する。嫌だと思う心と、どこかで納得してしまう自分もいる。
俺だって、俺みたいなやつの相手をするのは嫌だ。だから、リカちゃんがそう思っても仕方ないのかもしれない。
「そう、だよな」
諦めにも似た言葉が出て、それをシャワーの音が消す。もったいないと思っていたけれど、出しっぱなしで良かったかもしれない。
しかし、その音に負けないぐらいしっかりとした声でリカちゃんは言葉を紡いだ。
「俺は……俺は、生まれ変わったら慧の一部になりたい。慧の目になって慧の視点で世界を見るのもいいし、鼻になって慧の感じる匂いを嗅ぐのもいい。指になって温もりを感じたり、足になって1日の疲れを受けとめるのもいい。とにかく、俺は慧の一部として生まれたい」
さあさあと流れ落ちる水。立ちこめる湯気。石鹸の匂いが充満する浴室で、リカちゃんは弱音を吐く。
「年齢が違い過ぎる、過ごす環境が違い過ぎる。どれだけ近づいたと思っても触れられない部分がある。それなら次は慧の一部になりたい。そうすれば、何時でもどこでも、どんな時でも一緒にいられる」
そう零したリカちゃんは見た目はいつも通りだけど、何かが違っていて、きっとリカちゃんの不安を煽る何かがあったんだと思う。
リカちゃんが抱えているのは『不安』に違いない。
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