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「それで?俺はお前の意味わかんねぇ芝生の話聞くために、こんな暑いところに呼び出されたわけ?」
甘んじてバカを受け入れた俺に降り注ぐ鋭い刃。それは牛島歩から発せられる。
棘のある言葉が容赦なく襲いかかってきて、思わず飲み込んだ唾が喉の奥に引っかかる。
「呼びっ……出してない。これはリカちゃんが勝手にやったことで、俺は何も知らなかった!」
「兄貴が何かする時、お前が関係してるに決まってるだろ。いい加減学べよ、このバカ」
「バカって言う方がバカだって学校で教わらなかったか?!」
「俺とお前、中学も高校も一緒なんですけど。そんなこと教えてもらった覚えはない」
「そうだけど。そうだけど……っ!」
すらすらと出てくる歩の返しに、やっぱりリカちゃんと兄弟だと思った。俺がこの兄弟に口で勝てるわけはなく、もちろん殴り合いなんてしたら秒速で負けるだろう。
そもそも、そんなことをしたら真っ黒な鬼が走ってくるに決まっている。
じんわりと額に汗が滲み、暑さが心も身体も痛めつける。言い返せない悔しさと、鬱陶しいほどの太陽の光に眉を顰めていると、隣の歩が深く細い息を吐いた。
「……体調は良くなったのか?」
それは本当に歩が言ったのか、疑ってしまうほど小さな声。きっと、俺はひどく間抜けな顔をしているのだろう。
「へ?体調って、俺の?」
「他に誰の体調を聞くんだよ。今ので察せ」
半分だけ開いた目で俺を見た歩。こういう歩の目を『死んだ魚の目』って言うのかもしれない。それでも顔が整っている分、違和感を感じずに凝視する。
すると、身を乗り出した歩が距離を詰め、そっと俺の横髪をかき上げた。
「怪我は……うん、ないな」
おそらくリモコンを投げつけた時の痕を探したのだろう。あんなもの、掠りもしなかったのだから、怪我なんてなくて当然だ。
頬に触れる歩の手はリカちゃんと違って暖かくて、リカちゃんと違って香水の匂いはしなくて、少しだけリカちゃんと同じ煙草の匂いがする。すんすんと鼻を鳴らすと、その手が素早く移動して俺の鼻を抓んだ。
「何するんだよ!」
「お前が俺の匂い嗅ごうとしたからだろ。気持ち悪い」
「てっきり心配してくれたかと思ったのに。この性悪!」
「あんなものが避けられないなら終わってる。お前、ワガママで勝手でバカで、すぐキレる上に運動音痴とか救いようねぇな」
かあっと頭に血が上って、噴火した。苛々が一気に込み上げ、留まることなく爆発した俺は鋭く歩を睨みつけてやった。
もう仲直りなんてどうでもいい。俺にはリカちゃんや拓海、幸がいるのだから、歩ぐらいいなくても平気だ。そんな気持ちが膨れ上がる。
「歩なんかもう知らな──」
「でも」
もう知らないと告げる寸前で、俺の台詞は遮られる。
「それでも俺は慧を放っておけない。なんで伝わらないんだって苛々して、もう知るかって思うのに心配で仕方がない。兄貴が言わないなら俺がって……余計なお世話だってわかってるのに、つい口出ししてしまう」
ベンチに座ったまま片膝を抱えた歩は、もう片方の手で前髪を掴んだ。指と指の間から金色の髪が出て、現れた眉間には皺が寄っていて。
「慧には幸や拓海がいて、俺1人ぐらいいなくても平気だってわかってた。冷たいこと言って傷つけても、誰かがフォローしてくれるって知ってた。けど……だからって、あれは言い過ぎたと思う」
俺の知っている歩は意地でも謝らない男で、自分が正しいと信じ切っている男で、自分に自信がある男だ。自分のことは自分で決めて、決意したら揺るがないやつだ。
そんな歩が「悪かった」と小さく告げてくる。
「悪かった」と言って顔を上げ、俺を見る。
俺が言おうとして言えないことを躊躇わず口にした歩が、ふっと鼻で笑った。
──……鼻で笑った?この状況で?
どうして。
「リモコン投げたことも悪かったと思ってる。慧は顔だけはそこそこ整ってるんだから、お前の顔を傷つけたら兄貴に申し訳ないもんな」
「……………俺の感動を返せ。このブラコン野郎が」
歩に期待した俺がバカだったのかもしれない。俺の感動は、数秒で跡形もなく砕け散ったのだから。
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