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謝ったようで謝っていないような歩と、謝ろうとして謝れない俺。顔を見合わせて歩は無表情、俺は睨んで数秒が経つ。
「ふっ……」
多分それは同時だった。同じタイミングで笑ってしまい、どちらともなく顔をそらした。
言葉にしなくても、歩は俺の言いたいことがわかったんだろう。俺も歩が言った言葉の裏側に、不器用な謝罪があったことを知っている。
俺と同じで簡単に謝れない歩。意地悪な台詞に隠された「ごめん」はしっかりと届いていて、ふわりと力が抜けた。
さっきとは違う、息苦しくない沈黙。これなら俺にだって破ることはできる。
「怪我はしてないけど、本気で驚いたんだからな。いくらなんでも、リモコンを投げつけるのは荒過ぎだろ」
反笑いで咎めた俺に、歩も同じものを返してくる。
「わざと外してやったんだよ。あの距離で当てられないほど、俺はバカじゃねぇし」
それもそうだ。歌以外はやればできる歩が、あんな初歩的なミスはしない。たとえ怒りに任せていたとしても、それは絶対だろう。
「当ててたら大好きなお兄ちゃんに怒られるもんな」
けれど少し悔しくて嫌味を言えば、歩の視線が鋭くなる。
「好きじゃねぇし。というか、当てなくても十分怒られた」
「だろうな。だってリカちゃんだもん」
「うっぜぇ。愛されてます自慢かよ」
乾いた音で舌をうち、呆れている仕草を歩は隠さない。だから俺も隠さず伝える。
「本当に愛されてるからな。愛されすぎて死にそうになるぐらい」
それは惚気であって本音で、そして悩みでもある。
俺はリカちゃんが与えてくれる半分も返せない。俺がどれだけ頑張っても、リカちゃんはその何倍も、何十倍も大きいものをくれる。
深すぎて見えない時もある。当たり前すぎて気づかない時もある。見えなくて気づかなくて、もうなくなってしまったんじゃないかと思う時もある。
「本当に、なんで俺なんだろうな」
俺は何回リカちゃんを傷つけたかわからない。怒らせたかも、悲しませたかもわからない。それでもリカちゃんは「慧君だけ」と言ってくれる。
「なんで俺なんだろう」
嬉しくて、同時に苦しい。重たいんじゃなく、苦しい。
何もできない自分が。上手く伝えられない自分が。
釣り合わないと自分自身で思っていることが、こんなにも苦しい。
今度は俺が膝を抱える番だった。両足をベンチに上げ、抱えた膝に額を当てて考える。
考えても出てこない答えを求めて、でもやっぱり見えなくて悩む。そんな俺を、歩が見つめているのを感じる。
「確かに慧は自分勝手で甘くて、現実見れてないし逃避癖があるし。俺もよく何年も一緒にいれるなって、自分でも思うけど」
弱ってたとしても容赦なく歩は言った。それでこそ歩、そうでなきゃ歩じゃない。けど、さすがに今はきつくて反発する気にはなれなかった。
「……お前、この状況でそれを言える歩の神経を疑う」
「まあ聞けよ。弟の俺が言ってやるんだから、ありがたく聞け」
偉そうに、それはそれは『歩様のありがたいお言葉』を口にする声は、リカちゃんとは似ていない低い声だ。
「慧がいるから兄貴もいる。笑いたい時に笑って、たまに自制がきかなくなって、眠れなくなるぐらい悩むこともあれば、バカみたいに頭のネジが外れる時もある」
「…………ん」
「どうして自分なのか考えても意味はないだろ。兄貴は慧じゃなきゃ駄目なんだから」
「……うん」
「お前が笑えば兄貴も笑う。お前が泣けば兄貴は怒るし、お前が悲しいと兄貴は苦しい。どうしても理由が欲しいなら、お前だからでいいんじゃねぇの」
淡々としていて感情がこもっていないようで、けど歩の声は優しかった。意味のないことだって言うくせに、ちゃんと返事をして、ちゃんと考えてくれる。
俺とリカちゃんの両方を見てきた歩からの一言は、すごく心強い。
「どうして慧を選んだのか、そんなことは関係ない。兄貴は慧だけを選んだ。ワガママでバカでもお前だけを選んだ。慧だからっていうのが答えだと思えばいい」
「本当にそう思う?俺だから、で全部済ませても間違ってないのか?」
うじうじと、また確認してしまう俺に歩が笑う。
嫌味でも呆れでもなく、蔑んだ感じでもない自信たっぷりの笑みで答える。
「俺がどれだけ兄貴を見てきたと思ってんだよ。俺ほどあの非常識なクズを理解してるやつはいねぇ。それでも不安なら本人に聞けよ。あいつなら、喜んでどこが好きか永遠に喋ってるから」
ほら、と歩が指さす先には幸を引き連れたリカちゃんの姿があった。
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