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「嘘や……歩まで、あの歩まで男と付き合ってるなんて……嘘や!」
両手で顔を覆い、俯く蜂屋に桃は楽しそうに歩がいかに可愛いか語っていた。その内容は一切可愛げもなく、いくら恋は盲目と言えども心配になる。
けれど主役の桃に当然言うわけにいかない俺は、ぐるりと店内を見回すだけだ。
程よい感覚に設けられたテーブルは、平日というのに埋まっていて。なるほど、この店が人気店なのだろうとわかる。確かに働いているキャストも見た目が良い者が多く、個性の強そうなやつの姿だって見受けられる。
みんな自分の客をいかに落とそうかと策を企て、必死に自分を売り込んでいるけれど。その中に1人、明らかにこちらを睨みつけている男の姿を見つけた。
「なあ!少子化って言葉知ってる?あっくんもウサマルも、歩も桃さんも絶対モテるやん!ウサマルは……まあ、あれやけど。少子化のこの時代に、イケメン同士がくっ付くなんて世の中の女の子泣くで!」
しがみつこうとする蜂屋の腕を払い、寄りそうになる眉を必死に堪える。
「蜂屋、うるさい」
「こんな罰当たりなことある?恋愛は個人の自由やけどやなぁ……豊さんも何か言ってくれません?」
蜂屋に話を振られた豊が咳き込み、苦しげに口を押さえる。1人けらけらと笑っていた桃が、豊が答えられない隙に蜂屋に顔を寄せた。
「あら、豊に言っても無駄よ。だって豊もたっくんと」
「桃。それ以上余計なことを言ったら殴る」
「やあね。夢の世界で野蛮なこと言うなんて。これだから豊は頭が堅いのよ」
桃と豊のやり取りに、続きを諦めた蜂屋がグラスを煽った。シャンパンを飲み干し、おかわりを注ぎながら俺に問いかける。
「で、あっくんは何しに来たん?どうせ純粋に遊びに来たんやなくて、ウサマル関係やろ。言っとくけど俺ここにウサマル呼んだりしてへんで」
「当然だろ。こんな場所に慧君を呼んでたら、俺がお前を蹴り飛ばしてる」
「……ほんなら、そんな場所に来た理由は?わざわざ俺指名して、1番高い酒を頼んでくれた理由って何なん?」
まだ感じる嫌な視線。それは憎悪のようで僻み妬みのようで、その全て。まるで視線で殺さんとばかりに、俺たち……ではなく、俺たちを相手している赤毛に注がれている。
おそらく、あの男で間違いないだろう。
「幸」
突然下の名前を呼び捨てにした俺を、蜂屋が訝しげに見る。俺の後方にいる、殺気を帯びた男に気づき、その瞳が微かに揺れた。それは恐怖に似ている。
「慧君がお前を助けたいって言った。慧君がお前を心配して、どうにかしてやりたいけど自分じゃできないって言った。だから、俺はここに来た。この意味わかる?」
大学でできた唯一の友達を助けたがった慧君。優しい慧君。
けれど自分じゃ力不足だとわかっていて、悔しそうにしていた慧君。
俺に任せてと言えば、散々迷って悩んで、最後には「お願いリカちゃん」と言った慧君。
「俺は慧君の為にしか動かない。その代わり、慧君が望めば何だってする。たとえそれが俺とは無関係だったとしても、慧君が頼むことは俺にとっては絶対」
豊と桃のため息が聞こえ、蜂屋が息をのむ音が耳を通り抜ける。今、俺が頭に響かせるのは慧君の言った「お願いリカちゃん」だけ。
「お前を助けてやる」
「あっくんが俺を?あっくんが俺の為に?」
「勘違いするなバカ。お前じゃなく、慧君の為に決まってるだろうが。それに助けるのは俺じゃない」
蜂屋の視線が彷徨い、それが止まる。その瞳に映すのは、やはりこちらを睨んでいる例の男。それを見て目を背け、豊と桃を通って俺を視界に入れた蜂屋が眉を寄せた。
「前に言ってやっただろ?素直にお願いすれば、話を聞いてやるって。ここには慧も歩もいない。みんなお前より大人で、お前を非難するやつもいないし、お前が何を言っても怒ったり見限ったりしない。ただの知り合いに入れ込むほど、大人は暇じゃない」
大きく頷く桃と、明後日の方向を向きながらも否定しない豊。
蜂屋の眉がさらに寄って、眉間に刻まれた皺が濃く、深くなる。
「お願いする時は頭を下げる。お前はそれすらできないのか?」
蜂屋にもプライドがあって、譲れないものはある。けれど不意に弱さを見せてしまうほど、限界が近いのも知っている。
家の玄関で見せた蜂屋の異変は、鈍感な慧に伝わるほど顕著で。隠しきれないそれが積もり積もって、トラウマを抱えた心を蝕む。
それでも弱音を吐きたくないと言うなら、伝わるように動けばいい。言葉にできないなら態度で、雰囲気で示せばいい。
小さく、けれど確かに頭を下げた蜂屋は、膝の上で強く拳を握りしめていた。
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