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時々止まりながらも、蜂屋の話は続く。
「前飲み過ぎた日。俺あの人と揉めてん。思わずカッとなって言い返してもて殴られた。それから、あの人の標的は俺や」
相手は卑怯な手を使ってはいても、それなりに力を持っている。そんな男に全力で来られたら、いくら蜂屋が太刀打ちしたところで終わりは見えている。
「実際に俺の客は減ってきてるしな。今来てくれてる子も、いつ裏切るかわからへん。かと言って疑ってかかると失礼やし、でもほんまに心から信用できるかって言われたら……」
言葉を切って黙る。続かないそれを、俺は躊躇わずに口にした。
「嘘ばかりの場所で出会って、お前も嘘をついているから信じられない。と言うより、元から信じる気もない」
「…………悔しいけど、あっくんの言う通り。ホストはホスト、客は客。俺らの会話には嘘が大半や。お互いにな」
場所に合わせて着飾って来る客の、本当の姿なんて知らない。華やかな装飾品を身に着けている裏で、どんな生活をしてどんな風に生きているのかなんて、ここに必要ない。
今この場所にある姿が、ホストも客の両方が演じる『真実』なのだと告げる蜂屋の台詞。
「慧を連れて来ないで正解だった」
嘘を嫌うウサギには、こんな場所は似合わない。いつか汚い世界を見ることになるとしても、それでもこの空気すら吸わせたくない。
ここの空気は、まるで大量の毒が舞っているように汚くて、そして美しい。
「それで蜂屋、お前が今欲しいのはあの先輩とやらに太刀打ちできる力と、実績ってことで良いんだよな?」
確認をとる俺の言葉に、蜂屋は渋く頷く。
「せやねんけど、俺みたいな若手が貰えるんはおこぼれやからな。上客は殆ど手付きやし、初めて来てくれた人も上からやから」
「まあそうだろうな。金になりそうな客を、わざわざ下の方のやつに任せるわけない」
「あっくん。言ってることは正しいけどやな……言い方が悪すぎるで」
「俺は正論を言ったまでだ。なあ、豊」
俯いて座っていた豊を呼ぶと、その肩が跳ねて切れ長の奥二重が瞬く。
「豊、お前今寝てただろ?」
「寝ては……いない。眠たいけど、寝てはいない」
「2回言うところが、嘘が下手すぎる。お前を連れて来たのは桃のストッパーと威嚇の為なんだから、ちゃんと起きてろよ」
「それなら早く済ませてくれ」
はあ、とため息を吐いた豊がシャンパングラスを煽り、眉を顰める。洋酒を好まない豊にとって、店で1番高い酒だとしても、どうやらお気に召さないらしい。
「とにかく、蜂屋が欲しがっているものを俺は与えることができない。ここに俺が通いつめるなんて不可能だし、たとえできたとしても俺1人じゃ微々たるものだろ」
新しい煙草を手に取り口に挟めば、今度はすかさず目の前に炎が上がる。丁度いい位置で留まったそれを掲げるのは、不服そうな赤毛だ。
「それはそうなんやけど。でも、できへんで済ませるあっくん違うやろ?」
悩んでいると言う割にその口元は歪んで笑っていて。利用できるものなら、とことん使ってやろうとする姿勢は正しく『奪う側』の人間だった。
「お前が俺の何を知ってるんだよ」
「知ってるで。ウサマルから聞いたリカちゃんは、何でもできて、何でも叶えて、不可能なんてない魔法使いやって」
「バカらしい。それは慧君限定であって、俺は慧君以外の為には動かない」
「その慧君が心配してるのが俺やろ。慧君はお友達思いやからなあ」
まるで開き直ったかのように、嫌な笑い方をして詰め寄って来る赤毛。その自慢の赤い髪を焼いてやろうかと思うものの、火種は唇に挟んだまま告げる。
「俺は自分ではお前の為に何もしない。その代わり、1番有効な手段をくれてやる──な、桃ちゃん?」
事の成り行きを見守っていた桃が、首を傾げる。同じように不思議そうな蜂屋と、早く帰りたいと全面に出す豊の視線を浴びながら、俺は煙草の紫煙を吐き出した。
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