アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
259
-
嫌悪ばかりが募る彼女から目を伏せて、留守番をしているウサギを思う。
もし、同じことをウサギがしたとしても、俺はきっと嫌いにはなれない。その違いに自然と漏れた笑みは、偽りではなく本物だった。
「あ、あの……チャンスって?」
目を伏せて笑う俺に対し、確認をとる彼女は、そろそろホストが戻ってくると焦っているのだろうか。あのホストが席を立った隙に他の客にも連絡し、しばしの休憩を楽しんでいるなんて疑いもしていないのだろう。
自分が彼の特別だと思い込んでいるのかもしれない。そう思い込もうとしているのかもしれない。
どちらにせよ、なんて幸せな思考回路なのだろう。やはり、好感を持てる箇所など1つもなかった。
「ああ、うん。こういうの初めてで緊張していて……その、上手く言えないんだけど。面と向かっては恥ずかしいから、耳借りるね」
ぐっと上半身を寄せて彼女の耳元に顔を近づけ、首筋に吐息がかかる程まで距離を詰める。
そこからは花のような匂いがして、あまりの濃さに眉が寄った。顔が見えなくて良かったと吐いたため息に、彼女がか細い声を上げる。
「……ふ、っ甘い匂い。ケーキみたい」
人の匂いを了承なく嗅がないでほしい。ウサギと同じ匂いに、うっとりとした声を漏らさないでほしい。
「そう。この匂い好き?」
「好き……甘くて、好き」
ウサギから貰える『好き』は、その一言で恐ろしいほど心を揺さぶられるのに、言う相手が違えば何も感じない。
ただの音となったそれを、耳が勝手に聞き流してしまう。
「そう言って貰えると、すごく嬉しい。初対面でこんなこと言っても信じられないだろうけどね」
感情の昂りは、醸し出す匂いに直結するのだろうか。さっきよりも強くなった悪臭に鼻を顰め、そうだったなら俺の出している匂いはさぞ冷たいものだろうと思う。
それを良い匂いと言う辺り、この女の趣味はかなり悪い。
彼女の身体が震えて、俺は喉の奥で声を殺して笑う。突然現れた男の言葉に喜び、都合良く勘違いし、動揺するのが浅ましくて馬鹿らしい。
「迷惑……じゃなかったかな?」
本当はここで嘘でも「好きだ」と言ってやるべきなのだろう。けれど口が裂けてもそれだけは言いたくない。
俺の『好き』は兎丸慧にしか向かない。俺が告げる『好き』は1人だけのもので、いつだって本気の言葉だ。
そんなことなど考えるわけもなく、自分が主人公だと勘違いした彼女が頷く。
自分の客をしがない教師に奪われたと知った時、あの『先輩』はどんな顔をして憤慨するのだろう。それを直接見れないことは残念だが、変に騒ぎを起こすわけにもいかずに手を振って立ち去る。
向かうのは自席ではなく『先輩』が消えた場所。
彼女から渡された連絡先の書かれた紙はトイレのゴミ箱に捨てた。その際にすれ違った例の『先輩』が俺の全身を値踏みしてきやがったのは、プロとして戴けないけれど。
早く戻って、彼女が別の男を追いかけるのを目にすればいい。自分ではなく、ただの一般人に媚びを売るのをその身に感じればいい。
目には目を、歯には歯を。奪われたなら奪い返す。
『慧君の友達』に手を出した罪は重たい。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1076 / 1234