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身体がふわりと浮く感覚がして、そっと目を開ける。ぼんやりとした視界に映るのは、上半身が裸で、黒髪の男の姿だ。
「……リカちゃん?」
それ以外考えられない名前を呼ぶと、ぼやけた影がコクンと頷いた。
「やっと帰って……って、今何時?」
「夜中の1時を過ぎたところ。起きるには早すぎるよ、慧君」
「ん。また寝る……けど」
本当は、リカちゃんが帰って来るまで起きて待っているつもりだった。一緒に連れて行けと言っても、頑なに頷かなかったリカちゃんに、どうだったか訊ねるつもりだった。
けれど待っている間に、身体が先に降参してしまっていたらしい。ソファに座ってテレビを観ていたのが最後の記憶だから、今はリカちゃんにベッドに運ばれているのだろう。
「幸は?元気だった?」
「ああ。相変わらずヘラヘラ笑ってたよ」
「何も問題なかった?」
「慧君が心配するようなことはなかった」
まともに頭が働いている時なら気づくはずの言い換えた返事にさえ、眠気が邪魔して気づけない。それを良しとしたリカちゃんが俺をベッドに降ろし、隣に潜り込む。
リカちゃんは帰って来てすぐ、ソファで眠る俺に気づいたはずだ。いつものリカちゃんなら、真っ先に俺を運んでくれていると思う。
じゃあ、どうして今日は先にシャワーを浴びたのだろう。
ほんのりと水気を含む肌に、まだ乾ききっていない髪。香る石鹸の匂いに違和感を覚える。
「リカちゃん、何かあった?」
訊ねる俺の声は霞んでいて、半分寝言のように聞こえる。呂律が回っているのかも怪しい問いかけに、リカちゃんが軽く笑い声を零した気がした。
でも、上手く聞き取れない。リカちゃんの表情がはっきりと見えなくて、まだ眠りたくないと瞬きをしようとしても瞼が動かない。
「何もないよ。ほら、明日も大学なんだから早く休んで」
「でも、リカちゃんも仕事が……俺より、早い……の、に」
寝ろと催促する手が背中を撫でる。トン、トンと一定のリズムで宥められると、半分しかなかった意識がどんどん沈んでいく。
ああ、駄目だ。このままじゃ何も聞けずに寝てしまって、朝を迎えたらリカちゃんは元に戻ってしまう。今じゃなきゃその違和感を指摘できないのに、本当に眠たい。
「慧君、寝た?」
起きてると答える代わりに深い息が零れる。頭の芯の部分はまだ生きているけれど、それ以外が死んだように重たい。
「慧君…………慧」
寝る時って、一瞬にして意識が飛ぶからか、その瞬間は起きていたら覚えていない。気づけば朝になっていて、眠りに落ちる寸前のことは頭の中からすっぽり抜けきっている。
だから、こうして名前を呼ばれたことも朝には忘れているだろう。
どんな声色で、どんな口調で、どんなことを考えているのか。
隠しごとの上手なリカちゃんがたまに見せる素の部分を、俺は何度逃してきただろう。
いつかそれに自分から気づけたらいいなと思う。いつも気を張っているリカちゃんの緩みを指摘して、困ったなって苦笑させたい。
けれど、今は無理そうだ。とにかく眠たい。
ふわふわ。ゆらゆら。揺れる意識の外れで聞こえるのは「ごめん」という謝罪の言葉。
なんで謝るのだろうと思いながらも、また1歩、夢の世界へ踏み出す。
翌朝、昼前と言っても過言ではないぐらい遅めの時間に起床した俺は、誰もいないベッドに首を傾げた。確かに帰って来たリカちゃんに運んでもらい、隣で寝付かせてくれたはずなのに。
一切乱れのない右側のスペースと、用意された朝食兼昼食。あの後リカちゃんは寝なかったのかと不思議で仕方ないけれど、時間が迫ってきて慌てて家を出る。
それがリカちゃんなりの反省と罪悪感からの行動だったと俺が知ることは、一生ない。
いつだって俺の恋人は秘密が好きで、何よりも先に自分を責める人で、どこまでいっても『慧君の為に』を貫く一途で健気な人。
その日から1週間。やたらと甲斐甲斐しく俺に甘いリカちゃんと時間を過ごし、夏休みを迎えた。
そして今。
目の前に広がる異常事態に俺の口端は引き攣っている。
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