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2years later…
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* * *
ドキドキと鳴る心臓が肌を裂いて出てきそうな感覚。横に引いた扉はこんなに重たかったっけ、と考えたのも一瞬で、向けられる視線の多さに足が竦む。
自分も何年か前にはこの部屋にいて、帰りたいと文句を言いながらも座っていた。黒板を見ていた時間より、窓の外を眺めていた時間の方が多かった自信はあるけれど、それでも少しだけ違和感がある。
堂々と歩こうと思っても、自然と狭くなる歩幅。教卓までの数メートルが永遠に感じるぐらい、周りの時間が止まっているような……そんな錯覚。
まず最初に紹介されて、それから考えに考えた挨拶をして、その後はどうしたら良かっただろうか。何度もリハーサルを重ね、あの薄い唇に「そんなに緊張することでもないから」と諭された覚えがある。鋼の心臓のお前と俺を一緒にするなと拗ねて、困らせた記憶はまだ新しい。
「じゃあ改めて紹介するけれど」
前置きをしたそいつが俺を軽く見て、ふっと笑う。少し小馬鹿にした笑い方に自然と力が抜けた気がするのは、気づきたくないから知らないふりを貫いた。
「教育実習で今日から2週間、このクラスの仲間入りをした兎丸先生です」
ここまでは思っていた通りの紹介の仕方。この後は話を振られて、俺が軽く話して……と、生唾を飲み込んだ直後のことだった。
俺の紹介をしてくれ、俺の教育実習中の指導係である『そいつ』こと『獅子原理佳先生』が予想外の行動に出る。
「兎丸先生はここの卒業生で、実は俺が1年、2年と担任した元問題児です。昔の兎丸と言えば遅刻早退は当たり前、テストは常に赤点。あの教頭ですら頭を抱えるほど、本当に困った生意気な少年でした」
余計な一言も二言も付け加えやがったリカちゃんを睨むと、言われた言葉とは真逆の輝かしい笑顔が返ってくる。
「まさかその兎丸が教師を目指して実習に来るなんて、明日から大雨が続きそうだけど。まあそれは置いておいて、とりあえず兎丸先生から挨拶があるらしいから、心して聞くように。ちなみに兎丸先生は国語の先生だけど、ちょっと日本語が迷子なところがあるから許してやって」
相変わらずの性悪ぶりで告げられた紹介のあと、どうぞと教卓を明け渡される。その時に出された左手の薬指には、しっかりと指輪が鎮座していて、それは俺がシャツの中に隠すように首にかけているものと同じデザインだ。
どれだけからかわれても、どれだけ変に噂されても外さないその指輪を見せつけるかのように、わざと左手を使ったリカちゃん。
見守るように黒板に凭れた時に組んだ腕は、左腕が上になっていて、振り返る度に鈍色に光る輪が見える。
わざとらしい皮肉で、余計な力を抜けと教えてくれる。
俺にだけわかる方法で、1人じゃないと教えてくれる。
後ろから感じる視線は教育担当のものでもあり、全てを包み込んでくれる恋人のそれでもある。
どちらも厳しいことに変わりはないけれど、どちらも偽りなく俺を導いてくれるもの。
リカちゃんから教えてもらったことの半分でいい。それが無理なら、1割でも欠片でもいい。
不器用で飾り方を知らない、何が正しいかもまだわからない。それでも必死に考えて、なんとか伝えたくて、俺なりに紡ぐ言葉で届けたい。
「初めまして、兎丸慧です。担当は現国です。2週間の短い間ですが、よろしくお願いします」
ありきたりな自己紹介。シュミレーション通りのその後に、お決まりの質問タイム。
当たり障りのない、趣味や特技を聞かれることもあれば、男子校ならではの際どいものも含まれる。時々言葉に詰まりながらも答える俺を、ずっと後ろに立っていたリカちゃんがたまにフォローしてくれて。
「じゃあ次が最後の質問にしようか。せっかくだから、俺も兎丸先生に聞きたいことがあるんだけど、もちろんいいよな?」
最後の最後に出張ってきたリカちゃんが俺の隣に立つ。そのまま教卓に手をついて、やっぱりそれは左手で、覗き込んだ体勢のせいでやけに顔が近くて。
「獅子原先生……ちょっと離れてくれませんか?」
初めて使うリカちゃんへの敬語。くすぐったい気持ちになりながらも、生徒たちの手前そう言った俺に、リカちゃんの黒い瞳にいたずらな光が灯る。
こういう時に感じる嫌な予感は、必ず的中するってことを俺は知っている。だって、神様はいつだって強くて偉そうなやつの味方をしやがるからだ。
いつもは『慧君』と呼ぶ唇が『兎丸先生』と紡ぐ。
いつもは『言わなくてもわかってる』と許してくれる瞳が、今日は『言え』と迫る。
そんな意地悪で性格が悪くて、何様かと訊ねたら迷わずリカ様だと答えてしまう先生が、俺に最後の質問をした。
「兎丸慧にとって、生きるってどういうこと?」
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