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at Last-3 ≪ side:Rika ≫
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教育実習生として生徒に向けて。兎丸慧として俺に向けて。
どちらともに捉えることができる台詞。さっき教室で慧が言ったそれを思い返していると、隣に立っていた当人が身体ごと、こちらに向けた。
数分前までは拗ねた素振りを見せていたくせに、今はもう違う。右へ左へと動く視線、薄く開いてはすぐ閉じる唇。何かを言おうとして出てこない声。
これは、言いたいけれど言い出せない時の仕草だ。
「慧君、どうした?何かあった?」
頬にかかる髪を耳へと掛けてやると、慧が僅かに肩を竦ませた。けれどすぐにそれは収まり、恐る恐るといった感じで顔を上げる。
「あのさ。聞きたいというか……確認したい、ことがあるんだけど」
「ん?何?」
「いや、確認というか、その。大した事じゃないんだけど、結構大事って言うか」
「大した事じゃないのに大事なこと?また日本語迷子になってるよ、慧君」
急に様子のおかしくなった慧を宥めようと、それとなくからかってみたけれど。慧は揶揄に気づくことなく、唇を噛んでは舐め、尖らせてはため息をついてと忙しい。
唸るような声を数度上げた後、ようやく言葉を発する。
「あのさ、やっぱり……怒ってる、よな?」
それは予想外の問いかけだった。
怒っている──こちらに向かって聞いてくるということは、その主語は俺で間違いないだろう。それは理解できたが、何に対してかがわからない。
まさか本当に、俺が私情で評価すると思っているのだろうか。実習生らしからぬ態度と、生意気な返事を今さら反省したのだろうか。
そのことしか思い浮かばず、でも違っている気がして首を傾げる。すると、慧君はせっかく上げた顔を、また伏せてしまう。
「だって。俺、しばらく獅子原になれないから……前にリカちゃんは俺と家族になりたいって言ってくれたけど、俺はそれを叶えられない。実習が終わって試験受けて、大学卒業したら……」
そこで一旦言葉を切る。短い息継ぎを挟んで、慧がまた言葉を続ける。
「リカちゃんに色々教えてもらいたい。俺はリカちゃんと同じ学校で働きたいって思うし、リカちゃんを手本にしたいって思うし……その、やっぱり、どう考えてもリカちゃんは俺の中で1番だし。だから」
「この学校で、一緒に働きたい。だから慧君は兎丸のままで、俺の家族にはなれない。そういう意味であってる?」
台詞を奪ってしまった俺に、慧が躊躇ってから頷く。
同じ学校で働くことになったら、慧が『獅子原』を名乗ることは無理だろう。
未成年でもない慧を養子に迎えるなんて、どんな噂をされるかわかったものではない。俺も慧も、どちらも好奇の目にさらされて、最悪どちらかが辞めさせられることだってある。
と言うよりも、きっと慧は面接に受からない。どれだけ良い成績をとっても、ついてしまったイメージは簡単に覆ることはない。それを本人もわかっているからこそ、こうして自分から言い出してきたのだと思う。
本当は形に残る方法で傍に置きたい。誰にも文句が言われないよう、確実な手段をとりたい。けれど、そう考えるのは頭の片隅だけで、俺の答えは決まっていた。
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