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答えが出ない事を考えながら、1人きりでの食事を終える。ファイルを数冊とテキスト、それからノートを詰め込んで肩にかければ、軽さが評判のリュックのはずなのに、ずしりと身に掛かる重さに嫌気がした。
玄関から1歩外に出れば灼熱。夏なんて大嫌いだ。
俺が家に帰ってくる頃には、リカちゃんは持ち帰った仕事をしているか、本を読んでいるかのどちらかだろう。間違ってもテレビを観ながら爆笑してるなんてことはない。
俺が風呂に入って、リカちゃんが作ってくれた夕飯を食べ終えた時には日付が変わってしまっているだろう。以前なら夜更かししてでも2人で過ごしていたはずの時間を、今では無理して作らなくなった。
そうして、疲れて飛び込んだベッドで、今夜もまた俺が先に目を閉じるのだろう。
「──おやすみ、慧君」
それに返事をしたのは、何日も前の気がする。もしかしたら何週間もしていないかもしれない。
深く沈んでいく意識の中で懐かしい思い出に包まれ、次に目が覚めた時には、朝から仕事のリカちゃんはいない。
また、記憶の中から『おはよう』を引っ張り出すしかないのだ。
「幸せ……なはず、なんだけどなあ」
漏れた独り言が夏の暑さに溶けていく。
そりゃあ思い描いていた未来とは違うけれど、これはこれで幸せのはずだ。昔とはかなり環境が変わってしまったけれど、確かに幸せのはずなんだ。
だって、家に帰れば恋人がいて、美味い飯があって、部屋は涼しくて。風呂だって綺麗だし、シーツは柔軟剤の良い匂いがするし。
先に寝るなって怒られることもなければ、寝過ぎだと注意されることもない。
そうやって、リカちゃんはいつも、いつだって俺を優先してくれる。俺のしたいことをさせてくれる。そして、俺を否定したりは絶対にしない。
あいつほど『理想の恋人』の条件を満たしているやつはいないと断言できる。
それなのにどこか違和感が拭えなくて、妙に不安になって、どうしようもなく胸が痛くなる。
らしくなく幸せについて考えても到底答えは見えなくて、でも今が幸せであることに変わりなくて。
そんな悶々とした気持ちを、太陽を睨むことで紛らわす。すると目が眩んでしまい、俺は思わず腕で顔を隠した。
視界に入ってきた時間は14時30分。腕時計の針が遅刻するぞと無言の訴えをしてきやがった。
「うわぁ……やばい。今日は早く行く予定だったのに。今月の個人目標と小テストを作らなきゃだろ……授業が終わってからだと、帰るのは終電になるやつだ」
今日も帰宅時間が遅くなることをメッセージで送る。きっとこの時間なら、リカちゃんは授業中で間違いない。
本来なら、俺も同じような生活をしているはずだった。
けれど現実は甘くはなく、卒業と同時に教員免許は取れたものの、採用試験には不合格。臨時講師に登録しても、都合よく空きがあるわけもない。
何の経験も伝手もない俺が大学卒業後に選んだのは塾講師。しかも、バイトだ。
そう。俺は教師になれなかった。夢は叶わなかった。
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