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6.小さな抵抗
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すっかり気を削がれたのか、魚住の機嫌は簡単には戻らない。
元とは言え、彼女だった人をここまで嫌だと思う気持ち。それは俺にはわからないものだ。
だって、元もいなければ現在進行形で彼女なんていないのだから。今までに俺にできた恋人は、リカちゃん1人だけ。男の『リカちゃん』だけしか俺は知らない。
そして、そんなリカちゃんは仕事に関して俺に甘えることも、頼ることもない。寧ろ仕事の話をしない。
俺にそんな話をしたところで無駄だ……って、思われていたらどうしよう。
「気が変わった。やっぱり俺もコンビニ行く。軽く飲んでテンション上げなきゃ、こんな気持ちじゃ残業できない」
完全に俺をパシリに使うつもりだったはずの魚住が首を振る。その顔は自棄になっているのでもなく不機嫌でもなく、やる気がない顔だ。
もう仕事なんてする気がないのが丸わかりな、不機嫌そのものの顔だった。
「軽く飲む……って、仕事中に酒なんか飲むなよ」
「別にいいだろ。だって今日は、金曜の夜だぞ。彼氏彼女、家族がいるやつらは嬉しそうに帰って、仕事で残ってるのは俺たちみたいな寂しい人間だけなんだし」
「あのな。俺にも恋人はいるんだけど。お前と違って、元じゃない恋人が」
「彼女がいたとしても、兎丸は寂しい男だからいいの。お前はいいの!」
机の上に置いてあった俺の財布を手に取った魚住は、それを自分のポケットに入れてしまう。
自分の物ではない他人の物。しかも財布を、だ。
「おい魚住、俺の財布とるなよ!」
「とってないって。優しい俺が、懇切丁寧に預かってあげただーけ。だって、兎丸は変なところが抜けてるから、道にでも落としかねないでしょ」
「抜けてないし、自分の財布ぐらい自分で管理できる!」
奪い返そうとした腕が宙を切り、空振りに終わって唸る。そんな俺を余裕の表情で見た魚住は、まるでスキップでもしそうな勢いでご機嫌に部屋を出た。
「魚住ってば!!」
呼び止めようとした声には誰も応えてくれず、小さく舌打ちを落としてから憎たらしい同僚の背中を追う。
こんなことなら、早く終わらせて家に帰るべきだったのかもしれない。けれど、中途半端に仕事を放るのは嫌だ。
それに……自分だけ楽をした状況で、忙しいリカちゃんとまともに会話できる自信もない。ただでさえ引け目があると言うのに、これ以上卑屈になりたくなかった。
財布は魚住が持って行ってしまった。俺はそれを取り戻さないといけない。
ほら、帰れない理由ができた。
同僚の背中を追いながらコンビニへと向かう道。
それは歩いて数分の、なんてことない夜道。
家とは反対へと伸びる道を、俺は早足で進んだ。
理由をつけて。遠ざかる道を。
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