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8.ピンクの女
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自分でも驚くほど冷めた声が出て、唇を噛む。普通に、何気ない感じで聞けばいいものを、どうしてこうも刺々しく言ってしまったのだろうか。
その理由は目に映る『女の人』を想像させる色と、どうしてこれが置いてあるのか想像したくもない『弁当箱』だ。
偏見だ男女差別だって言われても、俺にとってピンクは『女の色』でしかない。好きか嫌いかで聞かれると大嫌いな色。
俺の嫌いな『女の人』を想像させる色に、頭の奥の方でじりじりと火が点いていく。リカちゃんがこれを渡されるところ。受け取った時の優しい笑顔に、渡した相手の高めの声。全てが妄想でしかないのに、嫌で嫌で仕方がない。
たった1つの『色』が俺の心をかき乱す。
「なんで弁当箱なんてあんの?しかもこんな色の」
なかなか返ってこない答えに焦れて催促すると、ソファに座っているリカちゃんは頬杖をついて宙を眺めているところだった。
俺の視線に気づいたリカちゃんがこちらを向くけれど、その表情から何かを察するのは不可能だ。
「もしかして桃ちゃんが来た……とか?」
弁当を持った桃ちゃんが、押しかけて来たのかも。桃ちゃんならピンク色も有り得るし、リカちゃんも追い返したりしないだろう。
そう、期待したのに。
「ああ。それは上の階に引越してきた人が持ってきたやつ。引越しのご挨拶にって」
「挨拶に弁当……?わざわざ?」
上が空き家だったことも、新しく人が来たことも知らなかった上に、初めての挨拶で手作り弁当を持参。
あまりにも意味がわからなくて首を傾げると、弁当箱をチラ見したリカちゃんが、興味なさそうにそれから視線をそらす。
いくらリカちゃんは嘘が上手いと言っても、どうやら本当みたいだ。俺の知らない間に、俺の知らない『ピンクの女』と過ごしていたわけじゃないとわかり、胸の奥に着いた火が徐々に鎮火していった。
「すげぇな。手作りって」
「この辺りじゃ売ってなさそうな、珍しい野菜を使ったグラタンとかね。料理が趣味で特技だからって、無理矢理押し付けられた」
「ああ……グラタン。男が好きそうなやつ」
「たかが趣味ぐらいで手作りを渡すなんて、全くもって理解できない」
リカちゃんはそう言うけれど、弁当箱が空になって洗ってあるということは放置はしなかったわけで。
嫌々ながらも食べたのか、と訊ねれば、史上最強に嫌そうな顔をした男が首を振る。
そんな顔をしても、顔だけは良いんだから狡い。
「素人の手作りを口に入れるなんて、どう考えても自殺行為だろ」
「そこまで言う?」
「何を触ったかわからない手、いつ掃除したのかわからないキッチン。きちんと消毒しているのかも怪しい器具で作った料理。それを渋々でも受け取った俺を褒めてほしいね」
「お前…………それで?この中身は?」
即座に返ってきたリカちゃんからの返事は、ごみ箱という短い単語だけだった。さりげなく確認したそこには、明らかに目隠ししてある包みが捨てられている。
ピンクの女。残念ながら、俺のリカちゃんは手料理なんかで釣られる男じゃない。
顔すら知らないその女に向かって、俺は心の中で得意げに言ってやった。
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