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26.恋に恋するお年頃
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本来ならば、塾に着いたらまずは職員室へ向かう。そこで今日の授業の準備をしたり、小テストを作ったり採点をしたりするのだけれど、今日の俺は違った。
逃げようと目論んだ腕は魚住によって捕えられ、あっという間に自習室に連れ込まれる。テスト前はほとんどの席が埋まる部屋も、今日は誰もいなかった。
それもそうだ。俺が働いている塾は、進学校でもなければ大学合格率がすごく良いわけでもない。
個人のペースで個人の目標に向かうことをサポートする。それは聞こえは良いけれど、要するに『この塾にそこまでの成果を求めないでくれ』ってこと。
だから……だろうか。ここに通う生徒たちには、あまり緊張感がない。さすがに受験生にもなれば多少は意識するものの、そうでなければ比較的のびのびとしている子が多い。
──それでも、この状況はどうなのだろう。
「魚ちゃんってばメッセージも既読で無視するし、返してくれてもスタンプだけだし!休みの日教えてくれないし、家にも連れて行ってくれない!!」
自習室の中ほどで始まった言い合い。と言うよりは、女子生徒が一方的に責め立てているだけだ。
彼女は魚住のジャケットの裾をしっかりと掴み、下から詰め寄る。当の魚住は、相変わらず何も考えていないかのように、笑っていた。
「魚ちゃん!何か答えて!」
「いやー……そう言われても。自己完結してある内容にどう返事したらいいか分からないし、そもそも仕事中に送られても返せないからね。それに家に連れて行くなんて約束、俺はしてないでしょうよ」
「言った!!今度家に来ていいよって、絶対に言った!」
「それは……うーん。その場のノリと言うか、社交辞令的なアレだって空気読んでよ……ははっ」
俺を完全に無視して続く痴話喧嘩に、思わず頭を抱える。実際には、右腕を魚住に捕まれているから無理なんだけど。
とにかく、巻き込まれたくない気持ちが今にも溢れて恐ろしいスピードで零れそうだ。
「魚住」
離してくれの意味を込めて名前を呼ぶ。なんなら、魚住の分のタイムカードを代理で押してやってもいい。それはルール違反かもしれないけれど、出勤していることに変わりはないのだから、ギリギリでセーフだろう。
それなのにヘラヘラ笑いながらも魚住の力は緩まない。決して逃がさないとばかりに、俺の身体はびくとも動かせなかった。
「って言うかさ、なんで兎丸先生がここにいるの?関係ないのに」
ここでようやく俺の存在を女子生徒が指摘した。やっとかよ、の気持ちと、ここまできたら最後まで無視してほしかった気持ちが混ざるけれど……けれど、だ。
気づかれてしまったなら仕方ない。これはチャンスだと思って、強引にでも立ち去ろう。
「いや、なんか成り行きで……でも俺はもう仕事始めるから!ほら、魚住は次は授業ないし、今は自習室使い放題だし!問題ないから!!」
問題だらけの状況で何を言ってるんだろう。そう思いながらも、逃げたい気持ちが強すぎて早口で捲し立てた。
これで解放される。他人の修羅場から逃げられる。そう、思った……のに。
「兎丸と俺は親友だから。こう見えて兎丸は情に熱くてさぁ、俺のことすっごく心配してくれてるんだよ。今も気になって、どうしてもついて行くって譲らないぐらいに」
口から生まれたに違いない汚れた魚が、言葉巧みにそれを阻む。
今日こそ早く帰ろうと決めていたはずが、出だしからへし折られた。ここで費やす時間分、するべきことが授業後に後回しになってしまう。
修羅場に巻き込まれること。今日も残業確定なこと。
今夜もリカちゃんとの時間があまり取れないこと。
それを俺に教えてくれたのは、恋に恋する暴走女子高生だった。
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