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31.大人の意見
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「もし仮に自分が生徒に告白されたら……ねぇ。そもそもの話、俺は特定の誰かに構ったりしないし、気をもたせないよう気をつけてはいるから」
信号待ちの僅かな時間。運転席の窓を開けたリカちゃんは、ダッシュボードから煙草を取り出し、それに火をつけた。
どうしてこのタイミングで吸うんだって思ったけれど、不意にさっきとは風向きが変わっていることに気づいてしまう。走る道が変われば向かう方向も変わり、風向きも変わる。
この為に今の道を通っているのか、偶然なのかは知らない。
「気をつけてても、勝手に好かれることだってあるだろ」
例えば一目惚れとか。無いとは言わせないとばかりに、リカちゃんを真っ直ぐに見る。するとリカちゃんは、また困ったように笑った。
「確かにそうだけど、正直そこまでの責任はもてない。好みの顔なんて人それぞれだし、持って生まれたものを変えろなんて無理が過ぎるだろ?一目惚れされたところで、こちらに非があるとは思えない」
「それもそうだけど」
「慧君。教師だって人間だから感情はあるよ。喜怒哀楽もあれば、気乗りしない時もね」
「……要するに、好きだって言われて嬉しいと思うこともあれば、鬱陶しい時もあるってこと?」
「鬱陶しいは言い過ぎかもしれないけどね。面倒ぐらいには思うかも。ああ、一応言っておくけれど慧君に好かれるのは大歓迎だよ」
「余計すぎる一応だな。そんなこと、一言も聞いてねぇんだけど」
即座に言い返した俺は、鬱陶しいと面倒の違いがよくわからず首を捻る。するとリカちゃんは、だいたいのニュアンスは似ていると教えてくれた。あとは捉え方の違いだとも。
リカちゃんは生徒に告白されると丁重に断るし、そんな事にならないよう極力気をつけているらしい。それでも避けられない時はあるけれど、それはどうしようもない事だと言う。
確かにその通りだ。リカちゃんの言ってることは正しい。そして、魚住の態度とあんまり変わらない。
じゃあ、俺は魚住の何にこんなにも引っかかっているのだろう。
あいつの責任感のなさは今に始まったことじゃない。
危機感がないことも、気楽に考え過ぎなところも前々から変わらない。
それなのに心に刺さった何かが抜けない。気にかかって仕方がない。
「楽観視し過ぎなところが気にいらない……のかな。でも、俺は魚住はそういうやつだって嫌ほど知ってるのに」
「価値観の違いだよ、きっと。それよりも慧君の口から楽観視だなんて単語が出たことに、俺は成長を感じてる」
「リカちゃん。俺、今は国語の先生なんだけど。その言い方は俺のことバカにしすぎだろ」
「いやいや。バカにしてるんじゃなく、純粋に喜んでるんだよ」
またまた車が煙草を持つ手とは反対のそれを伸ばされ、指の背で頬を撫でられる。どうしてこうもタイミングよく信号に引っかかるのか、不思議だ。
こうして撫でられるのは嫌じゃない。けれど子供扱いは嫌だ。
だから怒るか逃げるか、それとも受け入れてやるか考える。でも俺が答えを出す前にリカちゃんの手は離れ、車はまた進み始めた。
少し走って、見慣れた景色が近づいてきて。リカちゃんが思い出したかのように言う。
「そう言えば、慧君に良いお知らせがあるよ」
「良い知らせ?」
何だろう。新しいゲームが発売されるのか、それとも改装中だった駅前のケーキ屋がオープンしたのか。
……もしかしたら、高校で教員募集がかかるとか?
何個かの候補を考えたけれど、そのどれも違った。
良いお知らせ。それは──。
「歩が来週から帰ってくるらしい。こっちに今月いっぱいはいるって、さっき母さんから連絡がきた」
口を開けば嫌味ばかり言う悪友の、突然すぎる帰国の報せだった。
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