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33.ヒトヅマ
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ふわりと揺れる膝丈のスカート。そこから伸びた脚はとても白い。それに合わせて着ているストライプ柄のシャツは軽く襟が開けられ、シャツなのに堅苦しくはなく、けれどだらしなくも見えない。
若作りしすぎない控えめな格好。綺麗好きできっちりとしていて、真面目そうな人。それがの第一印象だった。
「リカちゃん、あの人……誰?」
ポストを覗いていたリカちゃんに訊ねると、チラリと視線を向けて「ああ」と頷く。
「前に、上に新しい人が越してきたって言ったの覚えてない?慧君はまだ挨拶したことなかったっけ」
「上に越してきた??もしかしてそれって、あのピンクの……」
「引越しの挨拶に料理をご馳走してくれた人だよ」
一口も食べることなくゴミ箱に捨てられた手作り料理。あれをご馳走してくれたって言う辺り、リカちゃんの性格は悪い。
きっと内心では生ゴミが増えたぐらいにしか思っていないのに、相変わらず口だけは上手い男だ。
「ってことは、あの人が人妻か」
「慧君の口から人妻って出ると、なんだかイケナイ事をしてるみたいに聞こえるね」
「本当にそう聞こえたなら、お前の耳は終わってるな。違うか、耳も終わってるんだな」
「お言葉だけどね、慧君。俺は昔から聴力は良いよ」
コソコソと話す俺たちを人妻が微笑みながら見ている。その足は確実にこちらに近づいていて、挨拶だけで済ます気はないことは明らか。
初めて会うのに悪いけれど、正直に言って嫌だ。いっそ無視してやろうかと思う気持ちを、なんとか押し込める。
「こんな時間までお仕事だったんですか?スーツ姿、相変わらず素敵です」
俺の隣に立っているリカちゃんに人妻が話しかける。その声の甘さと、妙に親しげな雰囲気に胃がムカムカしてくる。さっき食べたカルボナーラが出てきそうだ。
「そうですね。今日は少し遅くなりました」
「先生って本当に大変なお仕事ですね。それを続けてる獅子原さん、尊敬しちゃうなぁ……お疲れ様です」
軽く微笑んだリカちゃんを労った人妻が、にこやかに笑う。そして2人の身長差を埋めるように見上げ、暗めの茶色に染められた長い髪がふわり、ふわりと揺れて。
そして、ようやく俺を見た。
俺と人妻の視線が初めて合う。
その瞬間、身体の奥の奥が何とも言えない感じになった。息苦しいような、嫌な気分になった。
「ええっと。こちらは?」
リカちゃんと俺の関係を、彼女は考えているのだろう。
俺たちを見た人妻が浮かべた表情は、すごく不思議そうだったから。
でも、それもそのはずだ。だって俺たちは、雰囲気も体格も、顔も年齢も全てが違う。友達でもなければ兄弟でもないし、普通じゃ推測できない関係。
今の俺たちを見て『恋人』と思う人なんて、誰1人としていないだろう。
「獅子原さんの……ええっと」
その続きを促す人妻の声は、リカちゃんだけに向けられる。声だけでなく視線も。身体ごとリカちゃんを見て、リカちゃんしか見えていないように感じた。
まるで自分が壁の一部にでもなったみたいに感じた。
「獅子原さんのお知り合いですか?どんな関係って聞いても大丈夫でしょうか?」
人妻の口から、俺たちのことを探る言葉が続く。正しくは『リカちゃんのことを』探る言葉が。だって彼女は、さっきからリカちゃんしか見ない。リカちゃんにしか話しかけない。
その理由は簡単だ。
多分、この人妻はリカちゃんに興味があるんだ。それが恋愛感情なのか、ただのイケメンなご近所さんが気になる程度なのかはわからないけど。
けれど、人妻がリカちゃんに向ける視線と同じものを、俺は何度も見てきたから。何度も見て、何度も嫌な気持ちになって、何度も見ないふりをしたから。何度も何度も。
時にはお前が悪いんだって、リカちゃんに八つ当たりしてきたから。だからわかる。
この女は、リカちゃんのことを知りたがっている。興味がある。気にしている。
そんなの……絶対に許さない。
「俺はリカちゃんの」
馬鹿正直に恋人だって言ってやろうか。お前の家の下の階で一緒に住んでいて、もう5年以上の付き合いだって言ってやりたい。
でも、実際にはそんなこと出来ない。
そんなことをしてしまったら、このマンションに住みづらくなる。人妻が言いふらすかどうかはわからないけれど、秘密にしてくれるなんて保証はどこにもない。
「俺はリカちゃんの……」
俺はリカちゃんの恋人だ。そう言いたいけれど言えない。
──じゃあ何て言えばいい?
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