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34.付属品
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似ていない兄弟に年の離れた友達。もしくは、同じ職場で働く後輩。そのどれもが嘘くさく聞こえる気がして、言いづらい。言わなきゃいけないとわかっているのに気持ちだけが空回って言葉にならない。
そうして喉の奥に声が詰まる俺を見かねたのか、リカちゃんが1歩前に出た。
人妻から俺を隠すように。
まるで俺から人妻を隠すように。
「この子は親戚の子ですよ。ほら、一緒に住んでいる子がいるって、前に話したでしょう」
顔色ひとつ変えずに言うリカちゃんに、女は微笑んだ。その笑の意味を、俺は知らない。
「そうなんですね。私、てっきり彼女さんと住んでるのだとばかり思っていました」
「残念ながら『彼女』とは住んでいません」
「ふふっ。本当に……残念です」
俺は親戚の子ではないけれどリカちゃんの『彼女』でもない。リカちゃんが言ったのは、半分が嘘で半分は本当のことだ。
でも、リカちゃんがあまりにも堂々と言ったからだろうか。人妻はそれを信じて全く疑ってないようだ。そしてやっぱり笑う。
明るい声で。俺には出せない、軽やかで華やかな『女』の声で笑った。
「獅子原さんほどの方なら、きっと彼女さんはすごくお綺麗なんでしょうね」
「そうですね。外見も内面も、とても綺麗な子ですよ。少なくとも、俺にとっては誰よりも魅力的な子です」
「やっぱり。ぜひお会いしてみたいです」
「機会があれば」
和やかに進む2人の会話の中に、小さな小さな違和感を感じた。それが何か説明はできないけれど、リカちゃんの陰に隠れながら耳を澄ます。
すると、急に花の匂いがした。正確には花のような匂い。
考えることに必死で俯いていた顔を上げると、そこには女の人がすぐ近くまで顔を寄せていた。大きな目が俺をまっすぐに見つめている。
「上の階に越してきたジャコウです。よろしくね」
「じゃこう?」
リカちゃんではなく、俺に対して女の人が笑う。左右対称の目、くるんと上がった長いまつ毛。ほんのり色がついた頬っぺに、何よりも印象的な艶のある唇。
誰が見ても『美人』な女が、やっぱり俺を見て言う。
「蛇の光って書いて蛇光。なんだか仰々しい名前でしょう?」
人妻の雰囲気とは正反対な名前に驚くけれど、この人は結婚してその名前になったから仕方がないとも思えた。というか、元から本人に名前の選択肢はないのだけれど。
もしそれがあったとしたら、桃ちゃんは絶対に『大熊桃太郎』を選んではいないはずだ。
ジャコウ。じゃこう。蛇光。
蛇の光と書いてジャコウ。
それが人妻の名前。引越しの挨拶に手作り料理を渡してきて、リカちゃんに親しげに話しかけ、俺とリカちゃんの関係を探った女の名前。
「よろしくね、獅子原さんの親戚くん」
ピンクの女で人妻こと蛇光さんは、俺の名前には興味がないらしい。
聞かれなかった名前の代わりに呼ばれたのは『獅子原さんの親戚くん』だった。彼女の中で俺は、価値のないオマケでしかなかった。
この人にとって俺はリカちゃんの一部。この場所にいる人間はリカちゃんと蛇光さん。
俺の存在は空気よりも軽かった。
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