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39.制限時間は3分
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俺は、思っていることを素直に伝えられる才能が欲しかった。
相手を怒らせたり、傷つけたりすることは簡単にできる。そんな時だけはスラスラと言葉が出る。
頭ではダメだとわかっていても、次こそは呆れられても。もう嫌われてしまうかもしれないと思っていても、気づけば言葉は口から飛び出てしまう。
今、この瞬間のように。大切にしなきゃいけない人を、傷つけてしまった今のように。
「そう。慧君には俺が自分自身を好きなように見えるんだね」
本当はそんな風には見えてない。そんなの、ちっとも思ってない。だって俺は、リカちゃんの自分への評価が、異常なほど低いのを知っているからだ。
何でもできて何でも知っていて、誰からも好かれて誰でも振り向かせることができる。それなのにリカちゃんは、自分が嫌いだって知っている。
でも、素直の才能がないのを言い訳にして、俺はまた失敗を繰り返す。
「別にそう思ってるのは多分、俺だけじゃないし……。それにリカちゃんは、俺と違ってなんでもできるし。だから、リカちゃんが自分のことを好きでも変じゃないし」
口ではそう言いながらも、俺の指はリカちゃんを掴んで離さない。雰囲気を悪くすることを言って、でもまだ抱きついてるなんて俺は矛盾してる。
それでも、俺は必死だった。
抱きついたままの姿勢で、ちょっとでも離れたら溺れてしまうんじゃないかってぐらいに強く縋る。リカちゃんが着ているシャツに皺を作り、その中の素肌に痕を残すぐらいに。
予想がつかない未来。叶わない理想。失敗続きの自分と、どんどん過ぎていく毎日。
置いていかれそうで伸ばしたい手が、重たくて上がらない状況。
みんなが離れていく想像。隣にリカちゃんがいない夢。
そこから逃げたくて、助けてほしくて、でも全てが自分の妄想で、だから上手く言葉にはできなくて。
黙って身体を預けた俺を、リカちゃんが抱きしめ直す。そして、軽く息を吸って何かを発する気配を感じた。
「慧君」
俺の腰を支えていたリカちゃんの手が、その力を増した。骨の軋む音がどこかで鈍く鳴り、喉の奥に詰まった息が苦しくて2人の身体が僅かに離れる。
「リカちゃ、けほっ……なん、おま……力強すぎ」
その綺麗な外見からは想像もできない馬鹿力で抱きしめてきたリカちゃんは、咳き込む俺の肩口に顔を埋めた。
「慧君、慧君。やっばぁ、慧君…………ああもう」
「リカちゃんっ、苦しい!!」
「今のは慧君が悪い。今のだけじゃなくて、さっきからずっと慧君が悪い」
「は?何が?いきなり何がだよ!」
俺が悪いと言いながらも、抱きしめる力を緩めないリカちゃん。その様子から怒ってないことは確かなのに、何度も悪いと言われて意味がわからない。
もしかして、口で言っても効果がないから体に教え込むつもりなのか??
リカちゃんなら、その可能性も大いにある。思わず身構えてしまうのは、今までの経験上から当然のことだった。
次に来るのが絶対零度の説教でも、全力のデコピンでも逃げる準備は完璧だ。
それなのに、リカちゃんはやっぱりリカちゃんで、やっぱり意味不明だった。俺が臨戦態勢に入ったところで、リカちゃんとは戦ってる次元が違ったんだ。
「ねぇ慧君」
名前を呼ばれて逃げ出す5秒前。そして4秒、3秒と続き、2秒前……とうとう1秒前のところで。
「慧君不足が深刻だったからか、どうやら3分以上は我慢できなくなったみたい」
脱出前カウントダウンが強制的に止められる。真顔で訳の分からないことを言ったリカちゃんによって、俺の思考は固まった。
「……リカちゃん、意味不明すぎて困ってる」
逃げ出そうとした体制で口が閉じない俺に、リカちゃんは言った。
重たかった空気を蹴散らし、険悪だったはずの雰囲気をぶっ壊し、不満だらけの俺を圧倒して言い放ちやがった。
「必死に強がってる慧君を見てると、早く抱いてって言われてる気がして。こんなにも可愛い子を前にして、息する時間すら勿体ない」
確かに先に抱きついたのも、先にキスを始めたのも俺だ。でも、だからって全部を俺のせいにされても困るし、お前の言い分は勝手すぎるし、息しなきゃ人間は死ぬ。
思ったことを今度は言った。素直に思ったまま、思った通りの言葉で俺は叫んだ。
けれど我慢をやめたリカちゃんには通用しなかった。
俺の超絶激レア技『素直』は、暴走リカちゃんには1ミリたりともダメージを与えず、不発に終わった。
俺には素直の才能は、ちっとも役立たないみたいだ。
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