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49.天使の帰国
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* * *
それから時は少し過ぎたとある日のこと。平日の昼間、人通りも少ない駅前で俺は1人立っていた。
昼間だからと油断して、いつもより薄着をしてきたから少し寒い。ポケットから取り出したスマホに表示される時間は、すでに待ち合わせのそれより過ぎているのに、やつが現れる様子はなかった。
それもそのはずで、あいつが時間通り待ち合わせに来たことなんて、今まで数えられるぐらいだ。特に俺や拓海が相手ならほぼ100%の確率で遅刻してきやがる。
「これがリカちゃんが相手だったら、絶対に遅れないくせに」
独り言を言っても誰も咎めないし、誰も立ち止まらない。こんな時間に暇を持て余してる社会人なんて、世の中に俺だけなんじゃないかとさえ思ってしまう。
そんなはずはないって知っていながら、それでも自分が情けなくて地面を見つめる。慰めてもくれない、ただのコンクリートを見たところで気分は晴れない。
「全部あいつのせいだ。いきなり人を呼び出したくせに、当たり前に遅刻しやがるブラコン野郎のせいだ」
苛立ちをぶつけるように足元にあった小石を蹴る。するとそれは軽快に転がったけれど、すぐに止まった。
小石の傍に見える黒いスニーカー。それと同じ黒色のスウェットの裾。ゆっくり視線を上げていくと、見たことのない服を着ている見慣れた……けれど久しぶりに見た顔。
「誰がブラコンだ。一応は国語を受け持ってるくせに、相変わらず語彙力に乏しいな、慧」
「あ……ゆむ?」
「俺以外の他に誰に見えるんだよ。もしかして立ちながら寝てたのか?お前らしい」
仏頂面で、不機嫌そうで、やっぱり無表情。それなのにリカちゃんと同じ遺伝子を感じさせる、無駄に整った顔。
海外に留学した歩が俺の目の前に立っていた。
「慧。お前なんで人の顔ガン見してんの?」
「別に歩の顔なんて見てないし」
「すげぇ見てたくせに。これだけ近い距離で目が合ってて、よく言う」
黙っていれば顔は良いのに、口を開くと毒しか吐かない弟。
黙っていれば顔は良いのに、口を開くと頭のおかしなことしか言わない兄。
長めのまつ毛に綺麗な二重まぶた。通った鼻筋に薄い唇。いつも微笑んでいるのがリカちゃんで、いつもムッとしているのが歩。
なんとなく中性的で綺麗なのがリカちゃんで、なんとなく男っぽくて荒々しいのが歩。
「……やっぱり兄弟って似てるようで、でもやっぱり少し違うんだな」
これもまた独り言だったのだけれど、目の前の歩には届いてしまったらしい。ムッとしていた顔がさらに険しくなり、視線だけで殺されそうになる。
「当たり前だろ。あの変態と一緒にされるなんて、心の底から嫌だ」
「とか言って歩はお兄ちゃん大好きだもんな」
「は?あんな不老不死の化け物を好きなのはお前ぐらいだろ」
「不老不死……確かに。今の歩とリカちゃんが並んでたら、まさか10こも年が違うとは思えない」
背はあまり変わっていないけれど、歩の雰囲気は少し変わった。髪は黒に戻っているし服装だって……いや、相変わらずジャージだけど。どこか大人っぽくなっているように見える。
その理由は、知らない土地で知らない人に囲まれ、自分の夢のために歩が日々を励んでいるからかもしれない。
そしてそれは、俺には絶対にできないことだからだ。
俺達は同じ年齢で、いつだって同じように過ごしてきたはず。それなのに、今の俺と歩の差は大きかった。負けたと思ってしまった。
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