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52.俺だけが知らない
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「じゃあ出発するで。2人ともシートベルトはちゃんと締めたやろな?」
運転席に座った幸に訊ねられ、俺は素直に頷く。それなのに後部座席に寝転んだ歩は、幸の言葉を無視した。
「歩。幸が聞いてる」
「あ?寝転びながらシートベルトが締められるなら、すげぇ画期的な車だよな」
「ってかさ。人の車でそれだけ偉そうにできる方がすごいと思う」
「ただ寝てるだけなのに偉そうって、お前はクレーマーか」
「クレームじゃなくて普通のことだと思うけど」
「慧は小言が多いな。何?日頃のストレスを、まさか俺で発散しようとしてんの?お前それはさすがに性格悪すぎだろ」
なぜ俺が歩に責められているのだろう。シートベルトしろよって言った俺が正しいのに、どうしてクレーマー呼ばわれされているのか。
そんなの全く理解できないし、これが理解できたら終わりだ。理不尽に謎の不機嫌を見せつける歩と同じレベルになんて、絶対になりたくない。
でも、こうはなりたくはないけれど、簡単に納得はできない。何か言い返してやりたい気持ちと、言っても返り討ちに合う予感が戦う。そしてそれに決着をつけられずにいると、助けてくれる存在が隣にいた。
「うさまる。歩のことは威圧感のある空気やと思っとき」
幸が苦笑いをしながらすかさずフォローしてくるけれど、それはそれで面白くなくて。
「幸は歩に甘すぎると思う」
「それな。自分でもわかってるんやけど、簡単には甘えへん歩が俺には甘えてくれると思うとなぁ……なんか、ええやんって」
「お前はドMなのか?歩に甘えられても、俺はちっとも嬉しくないんだけど」
「ほら。手のかかる子ほど可愛いってやつやん。弟ってこんな感じなんかなーって」
大学生時代から変わらないキラッキラの笑顔で幸はそう言うけれど、俺にだって弟どころか妹もいない。だからって歩を可愛いだなんて欠片も思えない。
「幸の言ってることが全くわかんない。でも、お前は多分Mだな」
「うさまるー……まあ、ええけど。俺の性癖は秘密事項やからな」
きっと幸はドMに違いないと結論づけ、前を向く。当然だけれど、リカちゃんの車と幸のそれは全然違った。
黒で統一されているのがリカちゃんの車で、グレーや茶色が混ざっているのが幸の車。ふわっと甘い匂いがするのがリカちゃんの車で、石鹸の匂いがするのが幸の車。
きっと幸の車も掃除が行き届いていて、手入れされているんだと思う。でも比べる相手がリカちゃんだと、何というか……うん。
「幸の車って、幸って感じだよな。こういう小さいぬいぐるみとかが幸っぽい」
「それは生徒に貰ったやつ。うさまるの中で俺はぬいぐるみキャラなん?」
「ぬいぐるみキャラってなんだよ。あー……なんか、いつもと違う車だから違和感がすごい」
「うさまる。あのな、あの人の車と他を比べたらあかんで。あんな何年経っても新車です!みたいな乗り方、普通は出来へんから」
「そうなのか?俺は車持ってないから、よくわかんない」
「これでも俺も毎週洗車してるし、めっちゃ綺麗にしてる方やと思うで」
ゴミが落ちていることもなく、汚れがあるわけでもない。でもやっぱり、リカちゃんに慣れている俺からすると「何かが違う」と思ってしまうわけで……。
「俺、リカちゃんが基準だから。他のことはわかんないんだよ」
何気なく言った一言に幸じゃなくて歩が反応する。いきなり身体を起こしたと思ったら、窓を下ろして煙草を取り出した。
「歩、車の中は禁煙やで」
幸に諭された歩は、珍しく何も反論せずにまた寝転んだ。けれど俺は、その瞬間に歩が呟いた一言を聞き逃しはしなかった。
聞こえた歩のセリフはこうだ。
『俺だって何も分からないフリをしていたかったのに』
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