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60.通用しない武器もある
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何も考えられなかった俺は、静かに繰り広げられている戦いに気づかなかった。黙り込む俺の代わりに、拓海と歩が奮闘していることに全く気づかなかった。
そして多分、気づいたとしても足でまといだっただろう。
「慧くんのお友達くん、ファッションに詳しいんだね。あたしそういうのに疎くて……羨ましいなぁ」
首を傾げながら言う蛇光さんの姿は、俺には謙虚に見える。けれど拓海の纏うピリピリとした空気は和らぐ兆しはなくて。
「えー!それだけ流行りのもの身につけて、雑誌から出てきた格好してるのに?」
「それは……あたし実は女の子の友達が少なくて。性格がサバサバし過ぎてるからか、男の子の方が気が合うんだよね」
「あー……うん、わかる。お姉さんって同性と上手く付き合えない感じするもんね!あっ!別にこれは悪口じゃないから、なぁ歩」
慌てたように両手を顔の前に掲げた拓海が問うのは歩だ。俺の腕をまだ掴みながら、珍しく拓海の言葉に反応する。
「そうだな。どう表現するかは個人の自由だしな」
「それそれ!歩の言う通り。本当のことはどうであれ、言ったもん勝ちみたいなところあるよな。俺は女の子も男の子も友達いるから、よくわかんないけど」
ニコッと笑いながら言った拓海に、蛇光さんの視線が鋭くなった……気がした。それは気がしただけで、実際はどうかは俺にはわからない。
俺はただ、消えることのない匂いに戸惑うだけだ。どれだけ考えても答えはここにはない。けれど、無視できるほど小さな出来事でもない。
そうして俺が気づかない間に進んでいく戦いは、俺が気づかない間に終わった。ようやく意識を取り戻した時には、既に蛇光さんの姿はない。
「あれ、蛇光さんは?」
周りを見回して訊ねると、真横からため息が返ってくる。
「あの女なら急ぐからつって出て行ったけど。その割には歩きづらそうな靴だったな」
歩がすごく退屈そうに欠伸をした後、エレベーターのボタンを押す。それに乗り込んで目的階を押す時、歩の指が一瞬だけ止まった。
俺たちの隣には桃ちゃんが住んでいる。別れた歩にとっては、避けたい場所なのかもしれない。
「あーあ、なかなか美人なお姉さんだと思ったのに中身はダメだな、あの人」
全ての空気をぶっ壊した拓海が、容赦なくボタンを押す。行き場を失った歩の手は、何事もなかったかのようにポケットへと消えた。
「美人っつーか……あれは弄ってるだろ、顔」
動き出した液晶画面を見つめながら言った歩に、俺と拓海は同じ動きをした。勢いよく歩を振り返って続きを促したんだ。
「え、お前ら気づかなかったのか?あんなにわかりやすいのに」
「普通気づかねぇよ!整形したかどうかなんて気にしたことないし」
言い返した拓海に頷き、俺もと告げれば歩は首を回しながら考えた後「ああ」と納得したように言う。
「そういや最近、整形が原因になった事件の記事読んだからか。整形した女ばっかり狙う犯人が、どうやって整形顔か見抜いたかってやつ」
「えー、やめて。そんなの聞いたらこの先、美人な人見る度にチェックしちゃうじゃん。俺は慧と違って、女の人好きなままでいたい!」
「おい拓海。どさくさに紛れて人のこと悪く言ってんじゃねぇよ。お前、今の美馬さんが聞いたらどうする」
「ああ、豊さんね……豊さんの発想ってぶっ飛んでるから、整形するって言い出すかもなー。身長190近い強面の女は美人とは言えないのになぁ……」
しみじみと言った拓海に、歩が「そういうことじゃねぇだろ」とツッコミを入れれば誰からともなく笑い始め。さっきまでの苦しさは薄らいだものの、まだ鼻には甘い匂いがこびりついている。
本当の地獄に向かっていくエレベーターの中で、気持ちを整理できる余裕なんてない。
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