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65.爆弾ガール現る
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* * *
授業。テストの採点、頼まれた雑務、それからまた授業。自分の力不足なんて感じられないくらいに詰まったスケジュールに、ため息を吐く余裕すらない。
疲れたと言うのも疲れる。ここまでくれば、黙って時間が過ぎるのを待ち、早く1日が終われと願うだけだ。
いつの間にか先に帰った魚住の席を見れば、俺と同じ量の仕事はきちんと片付けてあった。こういうところで自分の不器用さがわかる。
同じ時期に働き始めて同じ指導員についてもらい、同じように教わってきた。それなのに、いつも俺だけが出遅れる。全てにおいていい加減な魚住にすら負ける俺は、誰になら勝てるんだろうか。
「遅いからって仕事が丁寧なわけでもないのに……俺の何が悪いんだろうな」
作業にかかる時間も簡単なミスも、魚住より俺の方が多い。そして、遅くても正確ならまだしも、簡単なところで間違うから最悪で。
最初は温かかった周りの目が、どんどん冷たくなってきたように思う。
「兎丸先生も今日はもう終わりにしましょう」
事務所に残っていた数人が塾長に促されて帰宅させられる中、同じように俺も帰るよう言われた。職員専用の裏口から外へ出ると、数時間ぶりの外の空気は気持ちよくもなければ悪くもない。
至って普通の日常。今日もまた、何も思い出に残らない1日が終わった。そんなことをぼんやり考えながら、大通りへと出る。
すると突然、腕が引かれる感覚がした。何だ、誰だと訊ねる間も与えられずに連れ込まれたのは、建物の陰。いきなりの状況に頭も身体もついていかない。
「なっ、なんっ……なな、何して」
「兎丸先生、いくらなんでも驚きすぎだから。ってか先生の腕、細すぎじゃない?私より細いんだけど!」
驚きで吃る俺の目の前に仁王立ちする人影。それは高校生らしい制服に身を包み、腰に手を当てて立つ子で。
「な、おま、うおっ、魚住ならもう帰って」
「うん知ってる。でもね、今日は魚ちゃんじゃなくて兎丸先生に用があるの」
俺を物陰に連れ込んだのは、魚住に言いよっている女子生徒だった。そして、まさかの俺に用があると言いやがる。
「……俺に用って何?」
「単刀直入に聞くけど、魚ちゃんって彼女いる?それからどこに住んでんの?いつも軽く流されて、全然教えてくれない!」
「えー……っと。あの、だな。それは魚住本人に」
「だから教えてくれないって言ってんじゃん!それに、兎丸先生なら魚ちゃんと仲良いから知ってるでしょ?大丈夫、兎丸先生に教えてもらったのは内緒にするから!!」
何が大丈夫で、誰と誰が仲が良いのかはわからないけれど。そうやって自信たっぷりに言い放たれても困る。
だって俺は、魚住のプライベートなんて知らないからだ。
「悪いけど何も知らない。俺、魚住とは塾でしか会わないから」
素直に答えた俺に向かい、その生徒が眉を寄せた。
「嘘。だって魚ちゃんは兎丸先生のこと知ってたもん。年上の彼女と同棲してて、しかもその人とは高校生の時から付き合ってるって。もう婚約も済ませてるって」
「はぁ?!あいつ何を勝手に!」
「でも最近はすれ違うことも多くて、だから兎丸先生は欲求不満だって言ってた。それなのに他の子と遊んだりしないから、イケメンなのにもったいないって」
『欲求不満』の言葉に、俺はパニックを起こしそうだった。何が悲しくて大して仲良くもない相手、しかも高校生で担当の生徒にそんなことをバラされなきゃダメなのか。
その原因である魚住を恨む。あいつのことは明日会ったら殴ってやると心に決め、今は目の前に立ち塞がる敵に対峙する。
「魚住が俺のことを知ってたって、俺はあいつのことなんて知らないから。そんなに気になるなら本人に聞けばいいだろ」
「だから先生、私の話聞いてた?!その本人が教えてくれないから先生に聞いてんの。私だってこんなことしたくなかった!だって、兎丸先生といると目立つし!」
「そんなの俺に言われても……」
「お願い!もう頼れるのは兎丸先生しかいないんだって!」
手を合わせて頭を下げる姿から、魚住に対する彼女の気持ちが本気なのは伝わってくる。けれど、知らないものは知らないから仕方ない。
「本当に知らないんだって」
真っ直ぐに彼女を見ることができずに言うと、俯いた彼女が「分かった」と一言。
問題なのは、その後だった。
「わかった。じゃあ、代わりに兎丸先生の彼女に会わせて」
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