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67.ガールVSヒトヅマ
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暗い場所で顔が見えなくても、その声だけでわかる。きっと何度もみた柔らかい笑顔で、俺の真後ろに立っているんだろう。
その特徴的な甘い声で名前を呼んで。俺かどうか確認するような話しかけ方をしても、本当は確信を持ってるに違いない。
この人は、そういう人だから。優しそうに見せて酷いことを言える人。か弱そうに見えて誰よりも強い人。
俺とは正反対の、自信に満ち溢れた人だ。
「やっぱり慧くんだ。後ろ姿だから自信はなかったんだけど、当たってた。嬉しいなぁ」
俺の隣まで歩いてきた『その人』が笑顔を振りまく。
ほら、やっぱりあの笑い方。にこにこして、ふわふわして、それなのに気分が悪くなる笑い方だ。
「慧くん、こんなところで何してるの?」
笑顔も視線も俺にしか向けずに聞いてくる。
この人には俺の傍に立っている人影が見えてないんだろうか。こんなにも近くにいて、俺と向かい合ってるのに。
もしかしたら俺の仕事をお出かけと言うように、女子高生は人間として見なさないのかもしれない。そう思うぐらいにこの人……蛇光さんは彼女の存在を無視していた。
「ねぇその人、兎丸先生の何?」
あまりにも無視され続けているからか、彼女が蛇光さんを見る目はキツかった。けれど、それよりも強かったのは蛇女の方だ。
「先生って呼ぶってことは、この子は慧くんの生徒さん?やだぁ、こんな所までついてくるなんて若いね」
くすくすと笑って、でも貶してるわけじゃない。けれど周りから鈍いと言われる俺ですら褒めてないとわかる言い方。
悪意ギリギリの位置で、蛇光さんは女子高生を見る。
「でも常識がなさすぎるかなぁ。制服姿でこんな所にいたら、目立つってわからない?それに、慧くんも慧くん。いくら高校生なんか相手にしてないからって、ちゃんと考えないと慧くんが困ることになるんだよ」
ねっ、と笑って俺の腕を小突く。それはまるで恋人同士の仕草みたいで、本来なら存在しないはずの親密感が俺と蛇光さんにはあった。
そのことに現役の女子高生が気づかないわけはない。
「もしかして……えっ?!兎丸先生の年上の彼女さん?」
「はぁ?!」
彼女は瞬きをして俺と蛇光さんを見比べた。いきなり何を言い出すのか俺が驚いている隙に、どんどん話は進む。
「うんうん。やっぱり兎丸先生はキツめの美人が好きだと思った。魚ちゃんの言ってた通りだ」
恋愛脳って怖い。男と女がいたら、それはイコール彼氏彼女になる。
あまりにも簡単すぎるだろって思うけれど、そうだと決め切った彼女は俺の言葉に耳を貸そうともしない。
「先生いつも無愛想だし、私たち女子高生に全く興味ないからさぁ……でも納得。こんなに美人な彼女がいるなら、高校生なんて子供に見えるよね」
きっと彼女は飛び抜けて素直な性格なんだ。そうでなきゃ蛇光さん相手に、こうして受け入れるようなことは言えない。
だって、俺は何度か蛇光さんと話して、この人は無理だと思ってしまったから。今では蛇光さんのことを敵だと認識してるから、どんなことを言われてもイライラしてしまう。
でも彼女は違った。
「彼女さん、兎丸先生って普段もこんなに冷たいんですか?それとも彼女限定で優しい?」
キラキラと目を輝かせて、でも抜かりはない。しっかりと聞くことは聞いてやろうとする姿が、さすが好奇心の多い女子高生って感じだ。
でも残念ながら蛇光さんは俺の彼女じゃない。そもそも、俺には彼女はいない。
それなのに蛇光さんは否定するどころか、ふわっと笑って頷いた。
──そう、頷いたんだ。
「慧くんは不器用だけど優しいよ。ちゃんとあたしのこと大事にしてくれるし、支えてくれる」
それは丸っきりの嘘で。
「たまには言い合うことがあっても、話せば分かり合える。だって気持ちが通じあってるから」
そんなことは一切なくて。
「あたしも慧くんも、心できちんと繋がってる。でもね、信じててもやっぱり好きな人は独り占めしたくなる。だから……ごめんね?」
偽りだらけのことを言った口で、心にもない謝罪をして。その言葉には何の感情もこもってなくて、心は繋がってもないし独り占めどころか俺たちは他人だ。
それなのに蛇光さんの口からはスラスラと言葉が流れる。俺を置き去りにして嘘の彼氏彼女が出来上がった。
「慧くんは優しいから勘違いしちゃったよね。ごめんね、彼女としてあたしからも謝るから、もう忘れて。振り向いてくれない相手を想っても、辛いだけ」
勘違いなんて起きてなくて、謝る必要もなくて、謝る立場でもない。赤の他人でしかないくせに、蛇光さんは俺に寄り添うようにして立つ。
微かに触れる腕と腕が、ヒリヒリと痛む。それはリカちゃんと一緒にいる時とは正反対の気持ちの悪い疼きだった。
至近距離で隣に立って実感した。
俺は蛇光さんが嫌いだ。
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