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68.負けられない戦い
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俺と蛇光さんを見つめること数秒。小さく頷いた女子高生が口を開いた。
「兎丸先生って女の趣味悪いね。私、初対面を相手にここまで偉そうなやつ初めて。なんだか他の女には負けたくないって感じがすっごく伝わってくる」
そう言い切った顔には、さっきまでの明るさはない。嫌悪を隠さず言った彼女は、俺から蛇光さんだけに視線を向けた。
「そうやって良い大人っぽいこと言ってるけど、要するに自分の彼氏に寄ってくる女が許せないんでしょ?オバサンの嫉妬ってダサい」
「えー。そんなことないよ?あたしは、心から申し訳ないなと思って言ったことだから。でも、ちょっと気を遣いすぎて難しいこと言ったかな?うまく通じないね」
「その言い方も。自分は気を遣って優しく言ったけど、私の理解力がないから伝わらないって言ってるようなもんだし。さっきから悪く言ってないようで、ずっと悪口言ってんじゃん」
「違う違う。そんなの被害妄想だから。すごいね、若いってすごい……あたしには真似出来ないなぁ」
「そのすごいって褒め言葉じゃないのわかるよ。高校生だからって、あんまりバカにしないでくれる?」
2人の間に火花が散っているけど、ちょっと待ってほしい。すっかり置き去りにされている俺のことも思い出してほしい。
険しい顔をした高校生と、笑顔の蛇光さんを見比べた俺は、意を決して声をかけることにした。のみ飲んだ唾が、喉の奥で大きな音を立てた気がする。
「あの……さ、何か勘違いしてると思うけど。この人は俺の彼女じゃな──」
俺なりに大きめの声を出したのに、それをかき消すのがこの2人だ。
「だいたい一緒にいるからって、なんで私が兎丸先生のこと好きだってなるの?私が女で先生が男だから?そんなの、自分が男を恋愛対象として見まくってるからでしょ。男好きのオバサン」
「2人の様子見てたらわかるよ。慧くんカッコイイもんね、好きになるのも仕方ないよね。だから変に誤魔化したりせず、自分に素直になろう?」
にっこり笑った蛇光さんが、今度はふっと笑いの種類を変える。それは俺から見てもハッキリとわかる相手を見下した笑い方だった。
歩のそれなんて比べ物にならないぐらい、悪意に満ちた笑い方だった。
「でもね、ちょっと高望みし過ぎじゃない?自分が慧くんに声をかけていいレベルとでも思ってるの?2人が並んでても、あなたが可哀想だなって思われるだけ」
蛇光さんの言葉に女子高生の顔が真っ赤に染まった。その色のまま、目に薄い膜が張って小さく震える。
「ちゃーんと自覚しなきゃ。傷つくのは自分なんだから」
「なんであんたにそんなこと言われなきゃダメなの?!」
バッと振り上げた手。女子高生の手が空へと伸びて、そして振り下ろされる。
その先にあるのは蛇光さんの顔。こんな状況でも笑っている蛇光さんに、俺は思わず動いた。
守らないとダメだと思った。1人で立ち向かおうとする『俺の生徒』を。
「──なっ」
勢いをもった手が強制的に止められ、女子高生の身体がふらつく。けれどすぐに体勢をたて直し、次の攻撃に出ようとする。
2度目の攻撃も止めようと俺が手に力をこめれば、彼女は腕を振りほどこうとする。全身を揺らせて暴れて、なんとか俺から逃げ出そうとする。
「先生、離して!」
「ダメだって。手を挙げたら、お前が悪者になるだろ!」
「いくら先生の彼女でも、言っていいことと悪いことがあるでしょ!」
「だから彼女じゃなくて……っ、いや、そうなんだけど!確かにお前の言ってる通りなんだけどさっ!でも彼女じゃな……ああもう、めんどくせぇな!」
腕を振って逃げようとする女子高生と、それをなんとか食い止めようとする俺と。必死になっている俺たちの前で、張本人である蛇光さんが欠伸をした。
この状況を楽しんでるみたいに見えた。
「口で勝てないからって手を出すなんて、お猿さんみたい。真っ赤になっちゃって、かーわいい」
追い打ちをかける蛇光さんの一言に女子高生の息がさらに荒くなる。俺の元から抜け出せないけれど何か仕返したいのだろう、彼女は咄嗟に鞄を握り直した。
そして、それを一直線に蛇光さんに向けて投げつけた。
「きゃあっ」
夜空に響く蛇光さんの悲鳴。蛇光さんの身体が揺れ、倒れていく。すると蛇光さんの立っていた場所から少し離れた先に、見慣れた人影を見つけた。
そいつがどこから見ていて、どこまで知っていて、何を聞いていたのか……わからない。ただ1つわかるのは、これが最悪な状況ってこと。
この場所がマンションの近くだって、どうして忘れていたんだろう。この時間なら、あいつが来る可能性だってあったのに。
「──こんな所で何してるの?」
暗闇から歩いてきた影が、俺たちの側で立ち止まる。
そしてゆっくりと周りを見回した後、最後に視線を止めたのは肩で息をする女子高生ではなく、呆然と立ち尽くす俺でもなく、倒れ込む蛇光さんだった。
「獅子原さん!」
伸ばされた蛇光さんの手は、助けを求める被害者のそれで。
「…………リカちゃん」
リカちゃんがその手をとるってことは、俺にだって解ける簡単な問題だ。だって蛇光さんは、どう見たって『被害者』なんだから。
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