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69.演技派と自然体
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倒れている女と、それを見下ろす女の子と、その傍に立っている男。この場合、誰が1番の悪者になるのだろう。
手を上げた女の子は確かに悪い。それを止められなかった俺にも非はある。けれど、受けた蛇光さんは悪くない。
きっと、普通はそうなるのだと思う。こうなるまでの事情を知らなければ、蛇光さんは悪くないと判断されるのだと思う。
それが事実とは違っても結果が全てだ。
「リカちゃん……」
蛇光さんを立たせたリカちゃんが、俺の呼びかけにこちらを見る。その目は怒ってもいないけれど笑ってもいなくて、妙に冷静だった。
まるで全部見ていたようで、けれど何も見ていなかったような……上手く説明できないけれど、無色透明って感じの目だった。
「あ、あのっ!」
名前を呼んだものの続きが出ない俺と、何も聞かないリカちゃんと、何も言わない蛇光さん。3人の大人がそれぞれの出方を見ている中、先に行動したのは『高校生』だ。
「私が怒ってしまって、兎丸先……じゃなくて兎丸さんはそれを止めようとしただけで。だから兎丸さんは悪くなくて、だからだからっ」
しどろもどろになりながらも、自分が悪いのだと主張する。先生と生徒と言う関係を隠してまで俺を庇おうとする女子高生に、俺は守られている状況。
なんて、情けないんだろう。
上手に説明できない彼女を、リカちゃんが見る。男でも女でも、平均をはるかに越えた美形は笑っていないと少し怖い。
怒ることもなく微笑むこともないまま、リカちゃんが口を開いた。
「2人の関係も、今起きたことも詳しいことは聞かない。それに、俺は慧君のことはよく分かっているつもりだから、慧君が何かしたなんて思ってない」
「え、聞かない……んですか?」
「当人同士の諍いに無関係の男が介入するのはマナー違反だと思うからね。手を出したのは確かに良くないけれど、君だけが悪いわけじゃないのは慧君の様子で分かる」
さすが現役の教師。こんな場面でも冷静に対処して、どちらかだけを責めることはしなかった。そのことに女子高生は安心し、俺はリカちゃんを見直した……けれど。
納得しないやつが1人。
「獅子原さん」
落ち着きかけていた雰囲気をぶち壊す声。
支えられた手を離していなかった蛇光さんが、リカちゃんに寄りかかる。
自分の体重を預けるようにして立って、リカちゃんに凭れて。見上げるその顔は、リカちゃんしか見えていないみたいだった。
「助けてくださってありがとうございます。獅子原さんが来てくれて、本当に良かった」
助けるって何からだよ。良かったって、なんでだよ。
なんでお前が被害者ヅラしてんの。自分が人をバカにするようなことを言ったからなのに、なんで自分は悪くないって思ってんだよ。
それは俺だけが考えたわけじゃなく、女子高生も同じだったみたいだ。隣に立つ彼女が怒りを露にしたからだ。
「蛇光さん」
擦り寄る蛇光さんに向かってリカちゃんが声をかける。
「手、少し擦りむいてますね。痛みは?」
「平気です。でも、その……足が…………突然のことだったから、驚きすぎて震えちゃって」
「そうですか。それは困りましたね」
やっと軽く笑ったリカちゃんは、蛇光さんに何も注意しない。
それが気に入らなくて、イライラする。
「慧君、ところで俺はどうすれば良いかな?」
なんでそんなことを俺に聞くの。リカちゃんなら、俺がどうして欲しいか知ってるくせに。俺のことならよくわかってるって、さっき言ったばかりのくせに。
「どうすればいいって……そんなの」
喉が急に乾いた感じがする。さっきまで普通に喋れたのに、まるでこの瞬間に喋り方を忘れてしまったみたいだ。
それぐらい、リカちゃんに聞かれたことは答えの出せない内容だった。
俺と高校生と、蛇光さんと。ただでさえ自分以外のことも考えなきゃいけないのに、その中にリカちゃんまで加わったら、俺の許容範囲なんて軽く超えられてしまう。
それなのにリカちゃんは、俺を見つめる。俺だけを見て、はっきりと聞いてくる。
「答えにくいのなら聞き方を変えようか。慧君は、俺にどうしてほしいの?」
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