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75.先生
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自分の言いたいこと。友達には言えないこと。誰かに聞いてほしいこと。その全てを言っても大丈夫だから、俺は彼女にとって最高の相談相手になった。
少しだけと言っていたはずが、気づけばずっと話を聞いている。
駅に着いても電車に乗っても。それを降りても彼女の話は止まらず、いつの間にか知らない家の前に立っている。
女の子の話がこんなに長いってことを俺は初めて知った。これから女の子の言う『少し』を、俺は信じない。
「ここが私の家。兎丸先生、送ってくれてありがとう」
「まあ……うん。なんていうか、あんまり思い詰めるなよ。今日はさっさと寝て、ちゃんと勉強しろよ」
「先生が添い寝してくれたらすぐに眠れそう」
「お前なぁ……そんなこと簡単に言うなって。一応は女の子なんだから」
口うるさいかなと思いながらも俺が言うと、彼女は冷めた目でこっちを見た。面倒くさいと思っているのが丸わかりな顔だ。
「やっぱり兎丸先生って、なんか残念だよね。黙ってたらモテそうなのにコミュ障だし、女の扱い下手だし。私、先生と歳の近いお兄ちゃんがいるけど、うちのお兄ちゃんの方がまだマシかも」
「マシって。お前の兄貴なら、うるさいやつなんだろうな」
「ううん。私とお兄ちゃんは全然性格が違うんだ。お兄ちゃんはネチネチしつこくて、人の弱み握るのが大好き。でも外面だけは良いから、今は大学院で憧れの教授と細菌の研究してるよ」
なんか聞いた事のある言葉が多いなって考えているうちに、彼女は玄関前の階段をひとつ登った。そして背後に立つ俺を振り返る。
真剣な顔をして俺を見る。
「兎丸先生、また言うけど先生は女の趣味悪いよ。あの人は先生のこと好きじゃないと思う」
「またその話か……あのな、何度も言うけど蛇光さんは俺の彼女じゃない」
「本当に?それなら良かったけど、気をつけて。あの人の兎丸先生を見る目、私は大嫌いだから」
言葉とは真逆の笑顔を見せる様子に、この子は本当に強い子だと思った。俺なんかのアドバイスがなくても、この子はきっと答えを見つけられる。
俺ができるのは背中を押してやること。それから、話を聞いてやること。それぐらいだ。でも、それでいいんだ。
いつも、塾で勉強を教えていてもどこか物足りなくて、リカちゃんと自分を比べては卑屈になった。とにかく毎日が悔しくて、寂しかった。どれだけ考えてもその理由はわからなかった。
でも今、少しだけ掴めた気がする。俺はきっと、こうして誰かの役に立ちたかったんだと思う。
大きくなくていい。小さくてもいいから、俺がいる意味を実感したかったんだと思う。
「なぁ、そういえばお前の名前は?」
最後に声をかけると、向けられていた背中が反転する。現れたのは呆れ顔の『女子高生』だった。
「は?今さらそれ聞く?しかも先生のくせに生徒の名前覚えてないの?」
「そんなこと言ったって、あの塾に何人いると思ってんだよ。みんな休んだり来たり自由だし、そんなの覚えれるかよ」
「先生、普通は覚えるよ。覚えてなかったとしても、覚えてるフリぐらいはしよう」
既に玄関の扉に手をかけていた彼女に訊ねれば、ある所を指さされた。それは俺の真横にあった表札で。
「──鷹野。私の名前は、鷹野凛」
「たかの?たかの……なんか聞いたことあるな」
「そのセリフ、なんか先生にナンパされてるみたい。私、魚ちゃんから先生に乗り換えようかなぁ」
「やめろ。お前はおとなしく魚住にしておけ」
鷹野は声を出して笑う。そして言った。
「こういう時、漫画なら俺にしとけよって言ってくれるんだけどな。やっぱり兎丸先生は残念だよ!でも、私はそういう兎丸先生が好きだよ」
『兎丸先生が好き』
先生として敬ってはもらえてないけれど、鷹野の一言で心が軽くなる。素直に嬉しくて、先生になれて良かったと思った。
今なら俺は先生だって胸を張って言える気がする。
「魚住に鷹野はもったいないと思う」
そう言った俺に、鷹野は「知ってる」と笑った。
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