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76.重症の軽傷
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他人からすればなんてことのない些細な出来事。でもそれは、俺とっては世界が違って見えるぐらいの大きな出来事だった。
あれだけ嫌だった家までの道のりが、今は足が軽い。少しは持てた自信を、リカちゃんと共有したい。俺を先生と呼んでくれる生徒ができたことを、リカちゃんに知ってほしい。
リカちゃんが俺に教えてくれたことが、誰かの助けになれたかもしれない。リカちゃんのおかげだって、今なら素直に言えそうで、歩くスピードが速くなる。
「なんか久しぶりに会いたいって思った気がする」
最近はリカちゃんに会いたくないと思う日が続いていた。一緒にいたいのに一緒にいれば苦しくなって、けど他のやつと一緒にはいたくなくて。
なんて矛盾してるんだろう。俺は。
でも、その矛盾を今日こそぶっ壊してやる。
そんな俺は忘れてたんだ。
喜びの後には悲しみが来るってことを。
鷹野凛との時間の前に起きていた大きな事件を。
そして自分の選んだ道が最悪な選択だったってことを。
「おかえり、慧くん」
鷹野の家に送る時とは全く違う気持ちで帰ってきたマンション。もう少しで深夜と呼べる時間に、そこに1人で立っている人。
かけられた声は今までになく冷たく、そして強い。
この人は鷹野が言っていた通り、俺のことを好きじゃないのだと実感する。
「…………蛇光さん」
「慧くんを待ってたの。2人で話がしたくて」
ゆっくりと上げた蛇光さんの手は白くて、それは肌の色とは比べ物にならないぐらい真っ白で。
「慧くん見て、この手。痛くて痛くて仕方ないの」
「その手は……どうして」
「咄嗟についたから捻っちゃったのかな?さっきは痛くなかったんだけど、だんだん痛くなってきちゃって。でもすごいね、獅子原さんって手当てするの上手なんだよ。慧くん知ってた?」
リカちゃんが巻いたらしい包帯に、蛇光さんが唇を寄せる。赤ともピンクとも呼べない複雑な口紅の色が、真っ白な包帯を汚した。
「こんなのもう運命だよねぇ……だって、あたしが困った時には、いつも獅子原さんがいるんだもん。慧くんもそう思わない?」
蛇光さんは俺に問いかけているように見せて、選択肢をくれない。リカちゃんと違って、俺に自由はくれない。
この人が俺に求めているのは「そう思う」の一択だけだ。
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