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79.普通じゃない
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リカちゃんは完璧主義で何でもできて。それなのに自分のことがあまり好きじゃなくて、時々びっくりするぐらい天然で。
隙がないって言われてるけど、本当は方向音痴で、地図すら読めない。
チャラチャラしてるって思われがちな長い髪も、実は童顔なのを隠すため。あのくるくる髪はパーマなんかじゃなくて、雨の日に舌打ちしながら時間をかけてセットする。でもやっぱり外に出ればすぐに跳ねて。
少し拗ねた顔をして言うんだ。
「こら慧君、そうやって隠してるつもりでも笑ってるのは分かってるからね」って。跳ねた髪を押さえながら。
俺の知っているリカちゃんは、良いところも悪いところもある人間だ。それなのに蛇光さんは、まるでリカちゃんを物みたいに言う。
それが許せなくて、思わず声が大きくなってしまう。
「蛇光さんの言ってることは全部おかしい!自分勝手なことばかりで、普通じゃない!!」
自分が愛されるためだとか。羨ましがられるためだとか。それが好きだとか、どうだっていい。この人の好きなこと、喜ぶことに俺は全く興味がない。
でも、リカちゃんのことをそんな風に扱うのが嫌だった。俺が必死で追いかけて、今でも手が届かないリカちゃんを侮辱された気がした。
今まで過ごしてきた毎日を、否定された気がしたんだ。
「蛇光さんは勝手すぎる。そんなの普通は言わない。普通なら、そんなこと」
「慧くんの言う普通って、なに?」
俺の言葉を遮って蛇光さんが言う。口紅のとれた唇で、何も包み隠さずに。
「旦那と違う人の隣にいること?別に好きじゃないのに、欲しいって思うこと?でもそれは慧くんの『普通』であって、あたしには関係ない」
「そっ、そんなのは屁理屈だ」
「そうよ。あたしは自分勝手な女だから屁理屈なんか気にしない。慧くんだって、さっき勝手な女って言ったじゃない」
ここまで開き直られたら、いくら相手が女の人でも、ちっとも手加減してやる気にはなれない。
「リカちゃんは蛇光さんの思い通りにはならない」
「そりゃ簡単にはいかないでしょうね。でも、一緒に住んでる以上、慧くんのしたことに責任とらないような人でもない」
「それは……そう、かもしれないけど。でも、そんな手段をとることも普通じゃない」
バカの一つ覚えのように普通じゃないと訴える俺に、蛇光さんが嘲笑を浮かべた。
「さっきから普通普通って、あたしから言わせれば慧くんも普通じゃないよ?いい年して誰かの世話になってる。ただの親戚を押し付けられて、面倒見せられてる獅子原さんが可哀想」
「俺たちのことはっ、あんたには関係ない!」
「ならあたしと獅子原さんのことにも慧くんは関係ないでしょ。今の慧くん、ママを奪われそうになってワガママを言ってる子供みたい」
開いていた空間を埋めるように、蛇光さんが距離をつめてくる。それがどんどん少なくなり、とうとう拳1つ分にまでなった。
伸びてきた腕は、包帯に巻かれていて。それは俺にも責任があって、俺のしたことにリカちゃんは無関係でもなくて。
このことだけは俺も…少し納得してしまっていて。
だからだろうか。言葉が出ないのは。
「ねえ慧くん」
伸びてきた指が俺に触れる。この女に触れられたところから広がるのは、不安、恐怖。それから絶望。
そして決定的な一言が、全てを崩した。
鷹野凛がくれた、くすぐったい気持ちも。
リカちゃんに言いたかった喜びも。明日からもっと頑張ろうと思えた前向きな俺を。
この女は一瞬で崩した。
『慧くんだって普通じゃないじゃない』
わかってたんだ。
してもらうことばかりで何も返せない俺が。釣り合ってもいない俺が。
平気な顔してリカちゃんと一緒にいるのは、きっと『普通』じゃないって。
そんなの言われなくてもわかってるんだ。認めたくないだけなんだ。
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