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82.ヒント
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「豊はこっちのダンボールを運んで。ウサギちゃんは……そうね、あたしと一緒に本の整理をお願いしようかしら」
桃ちゃんの部屋はいつも綺麗だ。リカちゃんほどじゃないけど、きちんと掃除してあるんだと思う。でも、そんな部屋が今日はいつもと違った。綺麗とか綺麗じゃないとかの問題じゃなかった。
部屋中を埋め尽くす本、本、それから本に、また本。右も左も本が山のように積まれ、今までどこにこんなに置いてあったのか謎なぐらいだ。
「桃ちゃん。さすがに本が多過ぎない?」
「そうなのよねぇ。捨てるタイミングがなかったんだけど、もう置き場所がなくて」
俺が読んでいる漫画とは厚みも重さも違う。文庫本からハードカバーまで、たくさんの種類の本が部屋にはあった。
「ウサギちゃん、欲しいものがあれば好きなだけ持って帰ってね」
桃ちゃんはそう言ってくれたけど、俺は仕事以外では文字を見たくない。そこに絵があるなら耐えられるけれど、文字だけなんて無理だ。
歩に言えばバカにされそうなことを考える。そして、気づいた。
部屋には歩の気配がもうないってこと。歩がいた時にはあった車の雑誌も、食べかけのお菓子も、タバコの匂いも。桃ちゃんの部屋にはもう歩の名残がない。
「そっか……やっぱり、こうなるんだよな」
当事者ではない俺がしんみりしてしまう。寂しさと切なさと、ドッキリじゃないかと期待していた気持ちが消えた虚しさと。
もう諦めなきゃいけないんだと改めて周りを見れば、部屋の隅に紙袋が見えた。その中にも本がある。
「桃ちゃん、これは?」
明らかに他とは違うそれに、何気なく中を覗く。てっきり歩が忘れていった雑誌かと思えば、普通の本で。
あまりにも詰めて入れてあるからか、タイトルが1冊分しか見えない。
「ん?これってどれかし…………ああっ、ダメ!いや違っ、ダメじゃなくてそれは違うの!」
「え?え、なに?」
「気にしないで!これはちょっと、うんそうね。知り合いに返してもらったものだから」
そこまで慌てる意味がわからなかったけれど、桃ちゃんの指す知り合いが誰かはわかった。
見覚えのある黒い紙袋に見覚えのあるロゴ。それはクローゼットの中に、洗濯物の中に、普段の生活によく出てくるもの。
リカちゃんが好きなブランドの袋だ。
「何もないの!だからウサギちゃんが気にする必要はないから」
「うん、わかった。でもそれを借りた人は頭がいいやつなんだな」
俺には全く分からない英語でタイトルが書かれた本。チラッと見えたそれを、リカちゃんは辞書無しで読める。
俺が文章を1つ読み終えた時には、リカちゃんは何ページも進んでるだろう。俺がどれだけ寝ずに頑張っても、きっとリカちゃんの方が先に読み終わる。
そして読み終わった俺に言うんだ。お疲れ様って。頑張ったねって笑って言いながら、自分はもう他のことを考えてるんだ。
「俺には無理だなぁ……こんなの読むなんて」
俺の言ったことに桃ちゃんが苦笑いした。貸した相手の正体を突き止められたから……だと思う。
「そうね。こうして本まで読み込むぐらい熱心なやつね……って、あらやだ。もうこんな時間だったなんて!」
時計の針は1時をとっくに過ぎていた。外に食べに行くなら、そろそろ用意をしなきゃランチタイムに間に合わなくなってしまう。
「豊ー!!そっちはひとまず置いておいて、先にランチにしましょ。あんたを待ってたら日が暮れるわ」
「そう言うなら少しは手伝ったらどうなんだ……」
「あら、ダメよ。ウサギちゃんに怪我でもさせたら、あたしがリカに殺されちゃう」
「俺はウサギ君じゃなくお前に言ってるんだ、大熊桃太郎」
「ここぞとばかりにフルネームで呼ばないで。次そんなことしたら、ランチじゃなくフルコース奢らせるわよ」
言い合う2人を宥め、ランチに向かう。優しい2人に気持ちは楽になっても、身体はだんだんと辛さを増していった。嫌な感じを押さえつけてランチを食べ終わる頃には、何とかなるなんて思えないほど絶不調になってしまった。
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