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84.猛毒女と劇薬男
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視線で、匂いで。その声で、その気配で。
既に限界だった俺を蛇光さんが追い詰める。本人にその気があるのかは知らないけれど、この人が近づく度に気分が悪くなっていく。まるで螺旋階段を昇っているみたいだ。
逃げたいのに逃げられない。叫びたいのに叫べない。
泣きたいのに………泣けない。
「ウサ……っ、慧君大丈夫?」
桃ちゃんの声がどこかから聞こえるけど、もう俺はそれに応えられない。自然と前屈みになった身体を上げようとしても、少しでも動くだけで吐きそうになる。
さっき食べた昼飯が逆流してくる感じが止まらなくて、螺旋階段どころか何も見えなくなって、けれどその奥に何かがあるのがわかって。
苦しくて気持ち悪くて、辛くて怖い。何かがずっと俺を追いかけてくるけど、それが何かはわからない。どうして俺を追ってくるのかも、わからない。
ダメだと思って手で口を押さえても、もう遅かった。だって、喉を登り切ったモノが目指す出口は1つしかないのだから。
元に戻れないモノは強引に道を切り拓いて、俺がどれだけ嫌がっても言うことを聞いてはくれない。
ああ、もう駄目……出る──ッ
口の中いっぱいに酸っぱいモノが広がり、覆った両手からそれが溢れ出る。せめて蛇光さんにだけは見られたくないと丸めた身体が、温かく包み込まれた。
それは優しい匂い。甘いバニラの香りは、俺が捨ててしまった思い出だ。
目を閉じた先の暗闇の中で、あいつが俺に言う。
「このまま吐いて」
暗闇の向こうから、助けてくれる声が聞こえる。
必死に首を振って逃げようとしても、力の入らない身体じゃ抵抗なんてできない。
「……っダメ、出る……きたなっ」
嗚咽と涙と、涎と。その他には何が出てるだろう。それだけ汚いモノを吐き出しながら言ったのに、そいつは俺を包む力を緩めない。
「いいから。全部ここに吐け」
「でもっ……汚しちゃ、ッ……う、から」
「──慧!」
強い口調で名前を呼ばれれば、俺はもう落ちるしかない。ちろちろと漏れていたものを一気に吐き出すと、少しだけ目を開けることができた。
開けなきゃ良かったと、すぐに後悔した。
「あ……いや、だ…………やだ、やだ」
俺が吐いたモノが、目の前を汚す。皺がなくて真っ白で。汚れてるところなんて見たこともないシャツを、臭いと最低な色で俺が汚した。
誰にも汚されることなんてなくて、いつも完璧で、いつだって綺麗なリカちゃんを俺が汚してしまった。
俺が。この俺が。
そう思ったらまた吐き気が戻ってくる。抗えない衝動に唇を噛むと、リカちゃんは俺の背中を摩ってくれた。
その手があまりにも優しくて涙が溢れる。目から零れて頬を伝って、地面に落ちても次から次へと流れる。
「……ッ、ゲホッ…………うっえ、は……うっ、は……やだ、や……っだ」
とにかく苦しくて苦しくて。上手く息ができずに藻掻いていると、汚れた口の中に指が突っ込まれた。喉の奥を押し広げるように開かれ、やっと空気が入ってくる。
「がっ、はーっ…………は、あ」
「ゆっくりと息を吸って。吐いて、また吸って。そう、上手に出来てるからそのまま続けて」
「リカちゃっ……ごめ、服……ごめん、なさっ……ごめ、んなさっ、い」
「何も気にしなくていいから。もっと力を抜いて、楽にして」
リカちゃんに言われた通りに身体の力を抜くと、その途端に意識まで薄れてくる。頭の中でガンガン鳴り響いていた音すら、もう聞こえない。
聞こえるのは「慧君」と呼ぶリカちゃんの声だけだ。
身体が浮く感覚の後に、なんとなく空気が変わる。
終わらない恐怖がパタリと止まって、俺を追いかけてきていた何かがいなくなった。
その中で感じる体温に縋りつけば……。
「慧君、お待たせ」
リカちゃんがそう言ったような気がしたんだ。
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