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86. VSヒトヅマ① 《side:Rika》
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「あっ、あの!」
先に声を上げたのは彼女の方だった。
「何か?」
押さえつけた感情を爆発させないよう、至極丁寧かつ穏便に訊ね…………なんて上手くいくわけもなく、随分と低くなった声に我ながら驚いた。
それをごまかす言い訳を考えるのすら億劫で、視線だけで続きを促す。
すると、蛇光さんが足早にこちらへと駆け寄って来る。嬉々として軽やかに続く足音。それはもはや騒音でしかない。
いっそのこと躓いてしまえと思ったのに、無事に俺の目の前に立ち、首を傾げる。
「慧くんの体調が悪そうですね。あたしで良ければ付き添います」
「ああ……そのお気遣いは結構です。この子には俺がついているので」
「でも、獅子原さんはこの後もお仕事があるでしょうし」
「あれ?さっきの俺と桃の会話、聞いてませんでした?今日は予め早退してあるって。体調の悪い慧君の為に」
「そう言えばそんなような話が聞こえたような……でも、勝手に人の話を盗み聞くのは良くないかなと思って」
眉を垂れて俯き、耳に髪を掛け。気遣いの出来る女を演じる彼女の顔を覗き込む。
「わざわざ待ち伏せしたり、時間を合わせてまで強引に会おうとするのに?そんな蛇光さんが盗み聞きを気にするなんて、これは意外ですね」
そう言ってやると細い肩を揺らした彼女が顔を上げた。
「そんな……それは獅子原さんの勘違いです。慧くんとよく会うのは、本当にたまたまですから」
「俺は相手が慧だなんて一言も言ってないんですけどね。でも蛇光さんがそう言うのなら、そういう事にしておきます。憶測を断定にするほど、浅慮ではないつもりなので」
「そういう事って……とにかく。せっかく一緒のマンションに住んでるんだから、助け合うべきです」
助け合う。言葉に込められたものに、反吐が出そうだ。親切心の欠片もない言葉を、ここまで白々しく使うその神経を疑う。
「助け合う、ですか。蛇光さんは優しいんですね」
「ふふ。あたしは当然のことを言っただけですよ。困った時には、助け合うことが大事です」
褒めてやればすぐに現れる笑顔。
こうして笑う時、まずは瞬きをするのがこいつの癖だ。それはこの女にとっては自分を魅せる為の手段の1つなのだろうけれど、正直、無駄な労力だなと思う。
「いえ、実は前から思っていたんですよ。蛇光さんはすごく優しい女性だなって」
さらに賛辞を重ねてやると、彼女は嬉しそうに笑みを深めた。それはそれは眩しいほどの笑顔で、露ほども謙遜することがない。
「蛇光さんは本当に優しいですよね……自分自身だけに」
ピシリ、と空気が固まる。
「そうだ。話は変わりますが、可愛いでしょう?うちの慧君は。甘やかされてるから世間知らずで、でも負けん気が強くて。自分のことは自分でなんとかしようと必死になって、でも出来なくて」
固まった空気が崩れていく気配。返す言葉を模索する彼女に畳み掛けるよう、続ける。
「堪りませんよね。恵まれた環境に恵まれた容姿。その上、慧君はすごく優しい性格なんですよ。蛇光さんもそう思いませんか?」
「そう、ですね……」
「あまりにも優しすぎて、嫌味を言ってくる相手にも気を使っちゃうんですよ。好き勝手なことを言われて、理不尽な主張をされていても。執拗につきまとわれて、困らされて……それでも女性に対しては手を上げるどころか、汚い言葉を吐くこともない」
「でもそれは当然じゃないですか?だって、男が女に手を上げるなんて考えられません」
「そうですか?俺なら何するか分からないな……だって、女性だからって何をしてもいいだなんて法律、この世にはありませんから」
空気が崩壊するスピードが早まっていく。どんどんと核心に迫っていく俺に、蛇光さんは口を開こうとしたけれどもう遅い。
「蛇光さんも、うちの慧君を見習って他人にも優しくできたらいいですね。そうだ。慧の体調が回復したら、相談に乗ってもらえばいいんですよ。だってほら」
俺は一呼吸を挟んで締めくくる。
「困った時には、助け合うのが当然ですから」
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