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99.向かい合って、逃げる
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「リカちゃんが言ってること、よくわかんない」
わからないって言葉は、本当は否定したいけれど、できない時に選ぶ1番卑怯な逃げ道だ。そして俺がよく使う逃げ道だ。
わからないと言ってしまえば、もう答えなくていい。
でも本当は、わからないって言っても答えは出さなきゃいけないって俺は知ってる。
それでも使う俺を、リカちゃんが見る。黙って見つめてくる黒い目に、言葉のない説教をされてる気分になった。
これは口で言わないのではなく、言う必要もない程にくだらないこと。俺が逃げたのは、リカちゃんみたいな成功したやつには縁のない方法だ。
また、2人の差が心に重くのしかかる。
「っていうか、お前が雰囲気ぶち壊したせいで萎えたし。リカちゃんにお預けされなくても、こっちから続きは拒否してやる。もう寝るから」
ゼロだった距離を自分から広げ、リカちゃんから離れようとする。見破られた恥ずかしさは、俺には耐えられるわけがない。
このまま布団の中で丸まって、ごまかしてしまいたい。触れられたくない話題からは目を背けたい。 そうすれば明日がきて、今日がリセットされるんじゃないか。
失敗の過去が、全部なかったことになるんじゃないか。
そうならないことをわかっていて、それでも俺は願わずにいられない。
でも、俺の恋人は容赦がない男だ。意地悪で優しくて、性格が悪くて何でも察する男だ。
「ごめん、間違った。今のは慧君のことじゃなくて俺の話だった」
「は?何のこと言ってんの?」
「俺は、こうして慧君と話をしながら慧君に触れて眠りたい。だから今日は、俺の我儘に付き合って」
開けていた距離をリカちゃんが詰めてくる。今度はぎゅっと強く抱きしめられて、リカちゃんの心臓の音が伝わってきた。
「慧君、お願い」
願う言葉の後に、とくん、とくん、と続く一定のリズム。すぐに心を乱される俺とは違って、リカちゃんらしい規則正しい音。
安心する音。でも苦しくなる音。
いつもと同じ、いつも通りの音。ちっとも乱れない音。それが続く。
ほぼ全裸の状態で、汚れた下半身も気持ち悪くて。寝るって言ったところで風呂に入らなきゃダメだし、夕飯もまだだし。
色々しなきゃいけないのに、このまま寝落ちた方が楽なのもあって、頭が強制終了することを選んだ。
考えるのも悩むのも、イライラするのも怒るのも疲れる。俺は、疲れることはしたくないんだ。
うとうとと、落ちていく意識の向こうからリカちゃんの声が聞こえる。慧君って呼んで、それなのに俺が答えなくても気にしないリカちゃんの声が。
背中を撫でる手。たまに当たる毛先。どれもリカちゃんのものなのに、少しだけ居心地が悪い。なんだか別人みたいに馴染まない。
「ねぇ慧君。いつになったら慧君は俺にも笑ってくれるんだろうね」
訊ねられた言葉も、その意味も。夢の中には届きはしない。もし届いたとしても、今の俺は考えるのをやめたから答えられない。
だって、考えるのは疲れる。
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