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103.あか、あお、きいろ
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小さな嘘に大きな罪悪感を抱きながら向かったのは、初めて来た店だった。ネクタイを見ると言ったくせに、店頭に並んでいるのはいつも着ているような服で、またかと俺は肩を落とす。
リカちゃんと一緒だと目的地にたどり着けない。
「リカちゃん……お前なぁ」
「違う違う。ほら見て、奥の方」
指をさされて見た先は店の奥。少し雰囲気が変わった一角にスーツらしき物が見える。
「慧君、ここはスーツも取り扱っている店なんだよ」
楽しそうな顔をして笑ったリカちゃんが店の中へ足を踏み入れた。慌ててそれについて行けば、店員の「いらっしゃいませ」が迎え入れてくれる。
マニュアル通りの挨拶だってわかっているけど、笑顔で迎えてくれるのは嬉しい。
が、しかし。
俺の勘違いなんかじゃなく、やたらと見られる。働いてるのは男の店員ばかりなのに、やたらと見られている……リカちゃんが。
平日の昼間。人の少ない時間帯に現れた謎のイケメン。それは見られても仕方ないだろうけれど、ここまであからさまだとこちらが心配してしまう。
このままじゃ、リカちゃんの顔に穴が空いてしまうんじゃないかって。
「リカちゃん、すげぇ見られてるけど」
「ん?見られてるって誰に?」
「店員」
「ああ、だって他に客がいないからね」
「……多分それが理由じゃないと思うけどな。多分ってか絶対」
見られている自覚があるくせに、いつだって知らないふりを貫くリカちゃんは、本当に鋼の心臓だと思う。俺なら気になって仕方ない視線も、リカちゃんなら慣れているから平気で。
びっくりするぐらい普段通りのリカちゃんだ。
「あ、ほら。慧君のご所望のネクタイだよ」
棚に綺麗に並べられたネクタイ。色鮮やかなものから落ち着いたなものまで、ずらりと並べられたそれをリカちゃんが指す。
「そうだな……慧君ならこの辺りの寒色系が良いかな」
「だから俺のを見るんじゃなくて」
「あ、でも。たまには趣向を変えて赤とか?やっばぁ……慧君は赤も似合う」
「だから人の話を聞けよ!!」
手に取るもの全てを俺に宛てがい、その全てが似合うと褒めちぎる。そして、至って真剣な顔で悩み始めたイケメンに、店員も声をかけづらそうだ。
可哀想に。みんな、こちらを盗み見るしかできないようだった。
「ああ……青は慧君の凛とした雰囲気を倍増させるし、赤は慧君の隠された激しさを垣間見せてくれる。悩む……これは難問だな」
「俺、リカちゃんが怖い。お前の頭の中は、どうなってんだよ」
「待って。慧君ってば黄色も似合うね。さながら、慧君という可憐な花に吸い寄せられた蜂をイメージさせ……駄目だ、蜂は駄目」
即座に黄色のネクタイを置いたリカちゃんが首を振り、似合うのに残念だとか、でも蜂はあいつを思い出させるだとか呟いた。
俺がそれに思わず笑ってしまうと、リカちゃんも嬉しそうに微笑む。
「なんでリカちゃんも笑ってんだよ。お前、人に笑われて悔しくないわけ?」
「悔しいどころか嬉しすぎて、ここが外だって忘れそう。手ぐらいなら繋いでいい?」
「ダメに決まってる」
「残念。慧君も今は全部忘れて、楽になればいいのに」
微笑みを苦笑いに変えたリカちゃんは、赤と青でまた悩み始めた。
そうして穏やかにネクタイ選びを続ける俺たちに、ようやく店員が声をかけようと近づいてきたけれど。その姿が視界の端に微かに見えたところで、ぴたりと止まる。
リカちゃんの、この一言によって。
「ねぇ見て慧君。この真紅の色……まるで首輪みたいで堪らないね。いいなぁ、これ……慧君の白い肌に、この赤は映えるなぁ……」
今、確実に背後から『ダメだ、残念すぎる』ってセリフが聞こえた。何が残念なのかは聞くまでもない。
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