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104.うさぎの葛藤
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俺の手元には、俺のためのネクタイがある。薄い水色をベースに、紺と白の細い線が入ったもの。自分の物は何も買わないつもりだったのに、上手いこと言われて乗せられた俺は、リカちゃんが選んでくれたそれを手放せなかった。
そして今は、俺がリカちゃんのネクタイを選んでいる。せっかくなら慧君が選んでと言われれば、嫌だと言う理由もないからだ。
「リカちゃん、これは?」
俺が選ぶのはリカちゃんに言わせれば『無難』らしい。特に派手でもないけれど、すごく地味ってわけでもなく、よく言えば使いやすいもの。悪く言えば面白くないものだ。
「それと似たようなやつを持ってたと思うんだよな」
「そんなこと言ったら、リカちゃん何本も持ってるだろ」
「でも、慧君が選んでくれたネクタイは数本しかないよ」
「お前、俺が選んだやつかどうか全部覚えてんの?え、気持ち悪いんだけど」
「そんなの当然。慧君がくれたもの、慧君が選んでくれたもの、慧君が褒めてくれたものを俺が忘れるとでも思う?」
「ああ、うん……そうだな。お前は昔からそういうやつだった」
結局は何を選んでもリカちゃんは似合ってしまう。顔が良いやつは青も赤も、黄色もピンクも似合うし、派手なものも地味なものも、とにかく何をつけてもリカちゃんはリカちゃんだ。
悩めば悩むだけ、こいつの顔の良さを実感するだけだ。
「じゃあもう2人でこれ使えばよくない?」
リカちゃんが選んでくれた物を共有すれば、2本も買わずに済む。我ながら良いアイデアだと思ったのに、リカちゃんは首を振った。
すごくキリッとした顔で。
「駄目。それは慧君の為に作られたものだから、慧君以外が着けるのは許されない」
「さっきからお前は真顔で何言ってんだ?」
ああでもない、こうでもないと言い合って、俺たちはやっと3つにまで候補を絞った。その中のどれにするか考えるリカちゃんを、横から見つめる。
たかがネクタイを選ぶ横顔すら、リカちゃんだと絵になる。
でも。俺、ちゃんと気づいてるんだ。
リカちゃんなら本当は、時間をかけずに自分に1番合うものを選べるって。こうして悩むこともないし、もし悩んだとしても3本とも買えちゃうって。そして、どれを選んだってリカちゃんなら似合うから大丈夫だって。
だからこの時間は、俺のために作ってくれてる時間なんだと思う。リカちゃんは俺と選ぶ時間を楽しんでるんだろう。俺に付き合って、俺と同じ目線で過ごそうとしてくれてるんだろう。
それがわかるから嬉しくて、くすぐったくて、けれど悔しくて。
切なくて胸が痛くて、今もまだ『合わせてもらっている』自分の立場を知るんだ。
向けられる優しさが、今は悲しい。いつもは優しくしてほしいって思うのに、今はそれは必要ない。
……俺はなんて勝手なんだろう。
そうして、黙ってガン見していた俺にリカちゃんが気づいた。不思議そうに首を傾げる。
楽しい時間が終わらないよう、俺はまた考えることをやめる。
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