アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
111.幸運のライオン
-
汚れを指摘され、慌てて鼻を拭くけれどそれを見たリカちゃんがより一層笑う。今度は控えめにじゃなく、しっかりと声を出して。
「慧君、今度はほっぺたに移った。そこまで広がったなら、鏡を見ながら拭いた方がいいんじゃない?」
なるほどと思って、俺は顔を隠しがちにしてトイレへと走る。こっそりと手を放して見た鏡には、ソースなんてどこにもついていない自分がいた。
鼻もほっぺたも汚れてなんかいない。鏡の向こうには、家を出た時と何も変わらない俺がいたんだ。
「なんだよ。リカちゃん、俺のこと騙しやがったな」
ぶつぶつ文句を言いながら席へ戻ると、そこにはリカちゃんはいない。周りを見て探す俺に近づいてきたのは、席へと案内してくれた店員だった。
「お連れ様でしたら外で待たれるそうです」
慌てて店の出入口まで行けば、ガラス越しに手を振るリカちゃんがいる。振ったそれとは反対に持っていた煙草に、そう言えば今日は全然吸っていないことを思い出したけれど。だけれど、思い出したのはそれだけじゃない。
「会計!!あいつ……っ、また!」
いつも何かと理由をつけてはリカちゃんが払っていて、今日こそは俺がと思っていたのに。単純すぎる嘘でまた騙されて、結局いつも通りにリカちゃんに奢られる形になってしまった。我ながら簡単にひっかかりすぎた。
「リカちゃん!また!またお前が出したな?!俺には嘘はつかないって言ったくせに、嘘つき!」
店から出て真っ先に文句を言った俺に、リカちゃんが笑う。携帯してる灰皿で煙草を消せば、荷物をそっちの手に持ち直して俺に向けて手を出した。
煙草の煙に触れていない方の手だ。けれど、この手が『手を繋ごう』の合図じゃないことはわかった。なぜならリカちゃんの手は開いた状態でじゃなくて、拳を握っていたから。
「慧君、俺って世界で1番じゃんけんが強いのかもしれない」
「なんだよ、いきなり。俺が言ってるのは会計の話でっ」
「キャンペーン中らしくて、じゃんけんで5連勝したらタダになるんだって。見事勝ち抜いた俺は、ありがたく店のご好意に甘えました。なので慧君は奢られてません」
そう言うってことは、出されたこの手はグーの合図なのだろうけど。でも、絶対にリカちゃんの言ったことは嘘だと俺は思った。だって、いくらリカちゃんでも5連勝なんてできるわけがない。
どれだけ運がいいんだって話だ。
「そんなわけがないだろ。リカちゃんの嘘つき」
「嘘なんてついてない」
リカちゃんが出していた拳を開き、それを俺の頭に乗せた。髪を撫でてから耳まで下りた指が、輪郭に沿って俺の耳をなぞる。そして顔を寄せて囁いた。
「俺は慧君には嘘をつかない」
「おまっ……人前で何しやがる!!」
「まあ少しのズルはしたけどね。レジの女の子に手のひらが綺麗で見惚れるって言ったら、ずっとパーを出してくれたし」
「……最低だな、お前。人の好意を何だと思ってんだよ」
「俺にとっては慧君以外から向けられる好意なんて、どうでもいい」
自信たっぷりに言い切ったリカちゃんに促され、俺たちは車のあるパーキングまで向かった。その道を歩きながら自分の手のひらを隠れて見ていた俺に、リカちゃんが薄っすら笑う。
「なんだよ。こっちチラチラ見て、変な笑い方しやがって」
「いや?慧君がいつになく素直だなぁと思って」
「別に自分の手のひらが綺麗かなんて気にしてないから」
「……慧君。それだと、もう認めてるのと同じだからね。そうやって急にデレられると、こっちが困るから程々にして」
意味のわからない注意をしてきやがったリカちゃんを睨みつけ、わざわざ助手席の扉を開けやがったリカちゃんに舌打ちし、相変わらず運転慣れしているリカちゃんに謎の文句を言う。
そんなことをしながらも、念の為にさっきの店のホームページを見れば、本当にじゃんけんに5連勝すればタダになるって書いてあった。リカちゃんは俺に嘘をついたわけじゃないけれど、なんとなく腑に落ちなくて。
「もうあの店には絶対に行かない。何があっても絶対」
そう言った俺に、リカちゃんが嬉しそうに笑う。俺のリカちゃんは簡単に人を唆すから、本当に困る。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1205 / 1234