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113.あたしの、たぁげっと。
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一度でも嫌いだと認めてしまったら、その人の顔も声も、雰囲気でさえ全てが嫌になる。そんな俺は極端なのかもしれないけれど、もうこの気持ちを隠すことはできない。
「帰れ」
自分でもわかるぐらい尖った声が出る。俺と蛇光さん以外はいない廊下で、俺たちはお互いに睨み合った。
先に視線を外したのは蛇光さんだった。
「あたしが用があるのは慧くんじゃなく獅子原さんなの。いいから呼んでよ」
「嫌だ。リカちゃんは蛇光さんに用はない」
「そんなの誰も聞いてないの。あたしが用があるって言ってるでしょ」
はぁ、とため息をついた蛇光さんが肩にかかった髪を揺らす。サラサラと揺れるそれからは今日はバニラの匂いはしなかった。
「いきなり家に来るなんて非常識だと思う。その上、無理だつってんのに出せとか……迷惑に決まってる」
「慧くんが迷惑だろうが何だろうが、あたしはどうでもいい」
「でもリカちゃんは俺と一緒に住んでるから、だから、俺だって関係ある……と思うし。多分」
負けたくなくて最初は勢いがあったのに、あまりにも真っ直ぐに見つめられて声が掠れてしまう。最後には余分なことまで付け加えちゃって、こうなるならもっと歩と口喧嘩しておいたら良かったと思った。
それとも、リカちゃんみたいにどれだけ見つめられても平気な心臓があれば良かった。
でも、俺は何もおかしなことは言ってないはずだ。俺も住んでる家にいきなり来て、俺がそれを迷惑だって思うのは変じゃないはずだ。
それなのに蛇光さんは意味がわからないとばかりに首を傾げた。流れる髪を耳にかけ、この人にしては低めの声で「あのねぇ」と切り出す。
「一緒に住んでるって言うのは、お互いに利益が発生してる状況なの。あたしが見る限り、慧くんは獅子原さんの世話になってるだけでしょ。何もしないなら、そんなのただの居候じゃない」
「……それ、リカちゃんが言ったのか?俺が何もしないって」
「言うわけないでしょ。あの人、自分のことは何も話さないし……おかげでこうして、わざわざあたしが探る羽目になるんじゃない」
指先に絡めた髪をクルクルと遊んだ蛇光さんは、初めて見せる表情をした。顔を歪めた、綺麗とは言えない表情だ。
今日の蛇光さんはいつもと全然違う。話し方も顔も、仕草も全てが今までと違う。ここまで違えば、もう別人とも思える彼女が続ける。
「何を聞いても答えない。でも一応は話に乗ってくるから気があるのかと思えば、肝心なところで引くし……彼女がいるって聞いたけど、それらしい女は見かけないし」
「見かけないって、どういうこと。蛇光さんが、たまたま会ったことないだけかもしれないだろ」
見かけないも何も、会えるわけがない。リカちゃんに彼女なんて存在はいなくて、いるのは俺だ。
この人が会いたがってる人間の正体は、俺だから。
「もしかして慧くんって、あたしがこうして現れるのを偶然だと思ってんの?そんなわけないじゃない。えー、やだぁ……ウケる」
何がおかしいのか、クスクスと笑う蛇光さんを俺は黙って見ていた。それは冷静に状況を把握する為じゃなく、今まで見せなかったこの人の黒い一面に頭が追いつかなかったからで。
何かを言うのすら無理なぐらい、俺の頭の中はぐちゃぐちゃになっていた。考えることをとっくに諦めた俺の頭は、ちっとも働いてくれない。
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