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118.開き直り
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蛇光さんが何も言い返してこないのをチャンスだと思った俺は、ここぞとばかりに言葉を重ねる。その内容を深く考えることもなく、思った言葉をそのままに。
「だいたい、蛇光さんは言ってることが勝手すぎるんだよ!どれだけ自分に自信があるか知らないけど、その自信だって偽物のくせに」
「……偽物?」
「あんた、整形してんだろ?」
本当は言うはずのつもりじゃなかった言葉が、するりと口から出る。
何の証拠もない、歩が言っただけの仮定の話。それでこの人がもし傷ついたら……なんて、今の俺には判断する力はなかった。
それどころか、俺はこの人を傷つけたかった。俺にはできない強引な行動が嫌いで、でも羨ましくて。周りを気にしてしまう自分と、何も気にせず突き進むこの人と。
蛇光さんを否定することで、俺は自分を守ろうとした。その結果、思ったままに責め、罵倒し、拒絶する。そんな俺を蛇光さんは真っ直ぐに見つめた。
それは感情の全くない、凍えきった瞳だった。
「整形って、何の話?」
静かに訊ねてくる蛇光さんの声を聞いて、喉の奥がきゅっと締まる。けれど言ってしまったものはもう撤回はできなくて、俺には逃げ道なんてない。
残されているのは目の前のこの人と戦うことだけだ。
「蛇光さんのことを、整形だって見抜いたやつがいて。俺もそうだと思ってる。証拠だってある」
後ろに嘘を付け足した俺は、蛇光さんを睨み返した。いつかリカちゃんが、相手に嘘をつく時は絶対に視線を外すなって言っていたから。堂々としていれば、嘘も本当になるって言っていたからだ。
「……そう。ふうん……そんな確証ももないことを、こんな場所で言っちゃうなんて」
「証拠あるって言った」
「どこに?ねぇ、それって本当に確かなモノ?」
腕を組んで俺を見る蛇光さんの目は鋭い。でもそれに負けないよう、俺も必死になる。2人ともが退かない状況に、先に視線を外したのはこの人だった。
けれどそれは、俺が勝ったからじゃなかった。
「それで?仮にあたしが整形だったとして、慧くんに迷惑かけた?そもそも、あたしはこの顔が元からのものだって言った?ねえ、答えて」
「それ、は……でも、本当のことを言わないのは騙してたのと同じだ」
「結婚相手ならともかく、なんで他人に言わなきゃならないの?言わなったら嘘をついたことになるの?慧くんは、どんなことでも馬鹿正直に言うの?」
畳みかけられるように続く質問に、俺は思わず足を退いてしまった。踵が玄関のドアに当たり、もう逃げることはできない。
でも、言い返すこともできない。
「そもそも整形の何が駄目なの?化粧するのと変わらないじゃない。毎日の化粧する時間を、お金をかけて先に買っただけのことでしょ」
「それは違う……と思う」
「鏡を見て嘆く時間、思い通りにいかなくて落ち込む時間、少しでも良く見せようと必死になる時間。そんなの全部無駄なの。わかる?あたしは無駄に生きたくないの」
顔を突き出すようにして蛇光さんが前へと一歩詰め寄る。でも俺には逃げる道がなくて、俺たちの距離は近くなるだけだ。
「綺麗ごとばっかり並べないで。努力してる姿が称賛されるのは、結果が伴った時だけなの。どれだけ苦労を積み重ねても、埋もれてしまえば意味がない。そんな無駄に終わるかもしれないことに賭けるほど、あたしは暇じゃない」
蛇光さんが俺に手を伸ばす。俺はそれを見るだけで、何もできなかった。まるで息する方法を忘れたみたいに胸が苦しくて、心臓がバクバクと鳴った。
「人の意見に振り回されて、すぐ影響されて。アレが普通だとかコレがおかしいだとか、そんなことばっかり気にして。自分の理想通りに物事が進まないのは、それに実力が見合ってないからでしょう?自分の不安を解消するために、こうして他人を否定しなきゃ安心できない慧くんが、あたしを批判できる立場だとでも思ってんの?」
全力でぶつけられた言葉に、心臓が止まるかと思った。気づいた時には扉を開けて、玄関に突っ立っていた。
背後に蛇光さんの強い視線を感じながら、返しそびれた紙袋を手に立ち尽くす。すると、上から影がかかった。
「慧君、おかえり」
風呂上がりのリカちゃんからも、バニラの匂いはしない。
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