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119..知ったかぶりと知らんかぶり
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リカちゃんの顔を見れないまま玄関を上がり、部屋へと続く廊下を進む。後ろをついてくるリカちゃんの気配を感じながら中へと入れば、当然そこは俺の知っている部屋だ。
一緒に選んだクッション。それが乗っているソファは、リカちゃんがマンションに引っ越して来てから愛用しているもので、2年前に何日もかけてクリーニングに出した。
テーブルに置いてあるマグカップは、俺が青でリカちゃんが黒。洗面所にある歯ブラシだって、今は履いていないスリッパだって同じ。
寝室のカーテンを何色にするかリカちゃんに相談され、どうでもいいと答えて拗ねられたことがある。それだけこだわって買ったカーテンは、いざつけてみたらイメージに合わなくて、2人で笑ってしまった。
たくさんの思い出が、この部屋にはある。俺はそれを当たり前のことだと思ってきたし、明日からも当たり前のようにここで過ごしていくんだと信じてきた。
でも普通じゃないと言われてしまったら。俺たちが過ごしている日々を、積み重ねてきた時間を否定されてしまうと……正直、わからなくなる。
「リカちゃん」
廊下とリビングの中間。扉の辺りで壁に凭れて立っているリカちゃんを呼ぶ。自分でも意外なぐらい、落ち着いた声だった。
「慧君、どうした?」
いつも通りの返事。俺をバカにしてるわけでもなく、心配しているわけでもない。そうわかっているのに、無性に苛々した。
「これ、あの女が持ってきたんだけど」
背中を向けたまま、持っている紙袋を揺らす。するとリカちゃんはその場から動くこともなく、小さな声で「そう」と言った。
「いつからリカちゃんは、あの女からプレゼント貰うぐらいの仲になったんだよ。俺、そんなの知らないんだけど」
「仲って何のこと?蛇光さんが勝手に持ってきただけで、俺は彼女に何も渡したことなんてないけど」
「……名前。はっきりと言ってなくても、あの女が誰かわかるんだ?」
「あれだけ大きな声で話してたら、中にいても聞こえるよ。この部屋と桃の部屋ぐらいになら、それなりに響いたんじゃないかな」
俺とあの人の会話を聞いていたなら、リカちゃんはあの人の素顔を知っている。あの人が実は整形女ですごく性格が悪くて、リカちゃんをどう思っているかを知っているはずだ。それを踏まえて。
「リカちゃんは、あの女をどう思ってんの?」
声が少しだけ震えた。
「どうって……別に何とも」
「何ともって、あの内容聞いてただろ?俺があの人と何を話して、何を言われたのか」
「なかなか強烈な内容だったね。女の人であれだけ強気な人って、うちの母さんぐらいしかいないと思ってた」
リカちゃんが笑った気配を感じる。それに俺はついカッとなって、勢いよく振り返った。
そこには壁に肩を預けて立つリカちゃんがいて、それは俺の知ってるリカちゃんで、今日ずっと一緒に過ごしていたリカちゃんだった。
そして俺の知ってる笑い方で、俺の嫌いなやつのことを考えている。今のリカちゃんの頭の中には、あの人がいる。
「なんで笑えんの?なぁ……お前、何を考えてんの?俺の知らないところで、俺の知らないうちに、俺じゃないことを」
痛い。治ったはずの頭が痛い、声を絞り出した喉が痛い。どうしてわかってくれないんだって叫ぶ、胸が痛い。
もう全身が痛くて痛くて、早く楽になりたい。
「そうやって笑ってたら俺が気づかないとでも思ったのか?なあ、俺なら騙せると思ってた?そうやって笑って、今日みたいに機嫌とって。どうせ今日のだって、リカちゃんにとっては何も特別なことじゃないんだろ?」
理解しているのに止まらない。楽しかった思い出が、たった数分の出来事で惨めな思い出に変わっていく。
わざわざ調べてまで連れて行ってくれた店。本当なら選びもしないネクタイを喜んで、人の目も気にせず俺だけを見ていてくれた瞳。
態度で声で、視線で。全てで特別だと伝えてもらったはずなのに、蘇ってきた不安がそれをぶち壊す。リカちゃんの向けてくれる好意が、今の俺には純粋なものか偽物かわからない。
こうなればもう、自分でも止められない。
リカちゃんが笑う声が、俺を嘲笑うそれに聞こえる。リカちゃんが敵に見える。
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