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120.俺のものだ
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「リカちゃんだって俺のことが邪魔なんだろ?だからあの人と俺の知らないところで仲良くして、俺にバレないよう隠れて会ってたりするんだろ?」
そんなことは絶対にないってわかってる。リカちゃんは俺なんかよりもずっと忙しいし、そんな暇なんてないって知ってる。なのに俺の口は、まるでそれ自体が意思を持っているように、勝手に動く。
「だって、俺と一緒にいても楽しくないもんな?時間も合わない、話も合わない。俺は自分じゃ何もできないから、リカちゃんが面倒を見なきゃダメで。それなのに、こうやって文句言われて。そんなの嫌に決まってる。リカちゃんが俺と一緒にいて良いことなんて無いって、俺もわかってる」
足の爪の先から頭の先まで。もうどこにも温かさを感じない。全身が氷のように冷たくなって、その中でもなぜか胸の奥だけがチリチリと焼けそうだ。
それなら、このまま燃え尽きて消えてしまえばいいと思う。そうしたら、もう何も感じずに済む。何も悲しくないし辛くないし、不安にもならない。
そんなことを考えていたら勝手に身体が動いた。あの女に押しつけられた紙袋を壁に向かって投げつけ、中身が飛び出たけど気にしない。
大股でリカちゃんの元まで歩いて行った俺は、リカちゃんの部屋着の襟を両手で掴んだ。それを力任せに引き寄せ、緩く弧を描いたままだったリカちゃんの唇に噛みついてやる。
「……──ッつ、」
ガリッという音の後に口の中に広がる鉄の味。自分のものじゃないそれを舌の上で感じながら、傷口を抉るように更に歯を立てる。
あまりの痛みにリカちゃんが身体を退いたら、その隙を絶対に見逃さない。全身を使って自分よりも大きな男を押し倒した俺は、床に転がしたリカちゃんの上に馬乗りになった。
「……慧君」
赤く染まったリカちゃんの唇から、俺の名前が出る。突然の行動に驚いて見開かれた目。そこに映るのは俺だけでいい。その口が呼ぶのは俺の名前だけでいい。
リカちゃんがずっと言ってきたことだ。
自分には俺だけだって。俺以外はいらないんだって、俺が頼まなくても、リカちゃんが勝手に言ってきた言葉だ。だから、俺はそれを叶えてやるだけだ。
「あんな女にも、誰にも渡すもんか」
血が滲んだリカちゃんの唇。持ち主に似て綺麗なそれは、俺が噛んだから今は汚い。でも元通りに傷が治れば、また綺麗な形に戻ってしまう。
目だってさっきは見開いていたのに、今じゃ普段と変わらない。長い睫毛の奥で黒く輝いていて、それに見つめられると誰だってリカちゃんを好きになる。
本当に、悔しい。
全部俺のものなのに、何も上手くいかない。俺のものなのに他の名前を呼んで、俺のものなのに他を見て、俺のものなのに俺の手は届かない。
「……慧君。こんなことをして、俺をどうしたいの?」
こんなことって言いながらも、リカちゃんの声は落ち着いていた。いつも通りに。
「唇。そんなに血が出てて、痛くねぇのかよ?」
「痛いよ。でも噛まれた俺よりも、慧君の方が痛そうにしてる」
「痛いのに余計なこと喋ってんじゃねぇよ。お前は一生何も喋らなくていい」
「そんなことをしたら、もう慧君って呼べないから困る。俺、慧君の名前を呼ぶのも大好きなのに」
真顔でこんな話をして、俺たちは一体何をしてるんだろう。馬乗りになられて、噛まれて、睨まれてるのに相変わらずなリカちゃんに、呆れて失笑してしまう。
「リカちゃん、この状況でも何も思わねぇの?」
「そうだな……慧君に見下ろされるのも、なかなか悪くないな、とは思うけど」
「お前、心の底から変態かよ。引くわ」
「慧君のことに関してなら、変態だって言われても嬉しいかな」
淡々と話を続けながら、それでも俺は凍りついていく自分を感じていた。冷静になろうだなんて思えなくて、衝動のまま突き進むことしか考えられない。
「慧君。慧君は、俺にどうしてほしいの?」
聞いてくるリカちゃんに、俺は目を伏せた。こんなにも冷え切ってる俺よりも、リカちゃんの方がもっと冷たい気がした。
──どうしてほしいかって問いかけは、どうすれば満足するんだってのと同じ意味だ。
リカちゃんは、とりあえず言うことを聞いておけば、俺が満足するって思ってるんだろう。
それがわかった瞬間、頭が軽くなる。自分の中で見出した答えは、今までのどんな悩みよりも簡単に解決した気がする。
「俺がリカちゃんにしてほしいのは」
どうしてこんな簡単な答えを、今までの俺は見つけられなかったんだろう。
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