アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
121.嘘がほしい
-
俺はリカちゃんから聞かれる「どうしてほしい」って言葉が苦手だった。
本当のことを言って困らせないか、呆れられないか、嫌だと思われないかが心配で。でも器用にもごまかせなくて。だからそれを言われる度に視線を外し、うやむやに流そうとしてきた。
でも今回は違う。目と目を合わせて、はっきりと告げることができる。それが本心かどうかの判断が、今の俺にはつかないからだ。嘘でも本当でもないことを告げるのは、楽でいい。
「俺のこと、もう嫌いになったって言え」
自分でもびっくりするほど低い声が出てしまう。
「ほら早く。嫌いって言うだけで解放されるんだから。もう噛まれることもないし、文句を言われることもない。リカちゃんの好きな時に好きなことをして、その方がリカちゃんらしく過ごせるだろ?」
リカちゃんの唇から血が肌を伝い落ちる。けれど本人はそれを気に留めることもなく、拭うこともせずに答えた。
「それは無理。だって、俺は慧君を嫌いになんてなれない」
「なれなくても言葉にはできるだろ。俺が言えって言ってんだから」
「それでも、だよ慧君。俺は慧君に嘘はつかない。だから言葉だけでも、嫌いだなんて言えない」
「別に言ったからって別れるとか、そんな話じゃない。俺は、リカちゃんの口からその言葉を聞きたい」
頑なに首を縦に振らないリカちゃんに、焦れる。別れたいわけじゃない。本当に嫌われたいわけでもない。
でも、大きすぎる重圧から逃れたい。
「どうしてほしいか聞いてきたのはリカちゃんだろ?俺は、それに答えただけだ!答えた後にできないなんて、リカちゃんらしくない」
「俺らしくなくても、自分がどうするかは自分で決める。たとえ慧君のお願いでも、俺の気持ちまでは変えるのは不可能だ」
「……そうかよ。お前も頑固だったって、忘れてた」
はぁ、と深く息を吐いて大きく吸う。すると胸の中にあった黒くてドロドロした感情が、もっと早いスピードで身体の中を駆け巡った。
リカちゃんに触れている手も、拘束している足も、合わさっている視線も。リカちゃんの血で汚れた唇も。全部が嫌な気持ちで上塗りされる。
楽しかった思い出が消えた後に残るのは、汚い汚い本音だけ。
「それなら、リカちゃんは俺の言うことだけを聞いてたらいいんだ。俺の為に生きるって言ったんだから、お前は俺の近くで笑ってるだけでいい。それ以外は何もしなくていい、何も考えなくていい」
口に出してスッキリした頭で想うのは、慧君らしいって笑うリカちゃんの顔だ。
それなのに実際に向けた視線の先にあるのは、目を伏せて悲しそうなリカちゃんの顔だった。
もう後戻りはできないぐらい、俺たちの間の溝は深くなっていた。
「どうして慧君は、嫌いだなんて言ってほしいの?俺がそれに従ったところで、嘘なのは分かってるくせに」
「……嘘じゃない、かもしれない」
「本人が目の前で否定してるのに?そんな嘘を望んで、叶ったところでお前は本当に楽になれるのか?」
リカちゃんにお前って呼ばれるのは久しぶりだ。いつも慧君って優しく呼んでくれるから、俺はそれに慣れすぎた。
好かれることにも、甘やかされることにも、許されることにも慣れすぎた。だからそれが普通じゃないって思い知らされると、怖くなる。
失って困るなら、先になくしてしまえばいい。
そんな極端な答えにたどりついた俺を、頭の中にいるもう1人の自分が止めようとする。でもその声が届くより早く、俺は自分から心の溝を深める。
「嘘でもなんでもいい。好きなんて言葉より、嫌いの方がずっと楽だ」
リカちゃんに好きだと言われるほど、俺は上手く息ができなくなる。純粋に喜べたあの頃とは全く違う、どうしようもない息苦しさを感じてしまう。
このままだと俺は、気持ちの重さに押しつぶされてしまう。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1215 / 1234