アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
135.強制冬眠5秒前
-
右へ、左へ。俺から蛇光へと目線を移した桃は、こてん、と頭を車へと預けて気だるげに立つ。
「ねぇリカ。あんたの性癖は、今はどうでもいいんだけどね。このままだと、あたしまで遅刻しちゃう。まだ話し足りないなら、日を改めてちょうだい」
かなり早くに家を出たのだから、まだ遅刻するような時間ではない。それなのに急かす桃太郎の様子に、隠して苛立っていると推測する。
おそらく、悪になりきれない桃には、この女の汚れた部分は見るに堪えないのだろう。
「俺は話すことなんてないんだけどな。これが突っかかってくるのが悪い」
「これ??女に向かってそんな呼び方するなんて、信じられない」
「信じてもらわなくて結構。信じられる方が迷惑だし、そもそも呼称に関して男女で差をつけるなよ。さっきから、お前は男を下に見すぎ」
目を合わせることなく蛇光を振り払い、車へと手を伸ばす。ドアを開けようとした俺を引き止める存在に、一瞬で身体が反応した。直接肌と肌が触れたことで、俺は蛇光を軽く突き飛ばしてしまった。
「きゃっ」
とは言え、かなり加減はしたから倒れてはいない。少しふらついた蛇光が、乱れた髪を直しながらこちらを睨む。
「最低。手まであげるワケ?」
「そっちが急に触れてくるからだろ。やば……っ、本気で気持ち悪い」
「なぁに。裏表があるだけじゃなく、もしかして潔癖なの?獅子原さんって、あーんなにニコニコ笑いながら、頭の中では他人を汚れ物扱いしてたんだ?性格わっるぅい」
「見た目も中身も、頭の造りも悪いやつに言われたくないね」
取り繕うことをやめた俺達は、お互いに視線を外さない。罵倒しながらもどうにか先に隙をついてやろうと、思考を張り巡らせる。
「ああそう。あたし頭が悪いらしいから、なーんにも考えずに全部言っちゃうかも。本当に正体がバレてもいいの?ねぇ、獅子原さん」
乱れを完全に正した蛇光が、小首を傾げていう。それに応じたのは俺ではなく、うんざりした顔の悪友だった。
「よくもまぁ、あたしの目の前で堂々と脅しをかけられるわねぇ。その貧相なお目目じゃ、これが見えないのかしら?」
スーツの襟に付けた弁護士バッチを指さして桃が続ける。
「まぁ、そんなの脅しにもならないんだけどね。だって、この男はこういうのは慣れっこだから。昔もこんな風に付きまとわれて……ああ、デジャヴ。リカにとっては恋愛トラブル日常茶飯事なのよねぇ」
桃の言葉に相打ち代わりに俺は笑う。
「ほら、リカを見て。今だって笑ってるでしょ?この男は蛇光さんの言う通り、顔だけなのよ。性格は極悪だし口は悪いし、手は早いなんてレベルじゃない。気づいたら丸裸にされてるもの」
「桃、どさくさに紛れて余計なことを付け足すなよ。お前を裸に剥いたことはない」
「あら、ごめんなさい。それでも好きだって言ってくれる恋人がいるのよ……って言い忘れてたわ」
桃の言葉に、蛇光が驚いたように瞬く。
「バレてるの……?その性格」
「バレてるって失礼だな。俺は蛇光さんと違って、初めから隠してない」
驚きを隠せない蛇光に、俺は言葉を重ねる。
「こんな性格でも、あの子は一緒にいてくれる。嘘じゃない笑顔を見せてくれるし、真っ直ぐに想ってくれる。だから俺は、あの子を裏切ることはしない。邪魔になることもしない。この意味、分かる?」
「はぁ?」
「要するに、あの子が何も言わなければ俺も何もしない。あの子が我慢するなら俺も耐える。でも、それと同時に逆も有り得る」
今度こそ車のドアを開き、それに凭れる。
「──大嫌い、なんだって」
俺の言った言葉を理解できない蛇光に、微笑みながら告げる。
「俺の大好きなあの子が、お前を大嫌いだって言った。だから、その瞬間から俺もお前が大嫌い」
「何よ、そんなのただの言いなりじゃない。情けない。こんなみっともない男だなんて……見損なった」
蛇光の蔑むような目にも、やはり笑みを浮かべたまま頷く。
「そうだよ。俺はあの子が思う通りに行動して、あの子のことしか考えられなくて、あの子がいないと何も出来ない。蛇光さんの言う通り、情けなくてみっともない男だ」
慧がいなきゃ無価値な自分。大切なものを大切に出来ず、傷つけてしまった自分。それでも諦めきれず、悪あがきを続ける自分。
「でも、こんな俺をあの子は好きだから。だから俺も、こんな自分を好きだと思える」
慧の嫌いなものは俺も嫌い。慧の好きなものは俺も好き。
俺の愛情ってやつは決して綺麗な形ではない。でも、1人に全てを注ぐことが出来る。俺はそれが、誇らしい。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
1229 / 1234