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137.魔法の褒め言葉
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「うちの子なら頑張って探さなくても、すぐに会えると思うよ」
俺が蛇光に告げたのは、限りなく答えに近いヒントだった。今まで自分からは触れなかった『俺の彼女』の話題に、あからさまに蛇光が食いつく。
俺への当てつけか、ただの嫌がらせか、憂さ晴らしか。理由が何であれ、負け惜しみでしかないことに本人も気づいている。それでも蛇光は退かない。
悲しいぐらいにプライドが高く、負けを受け入れない性格だからだ。負けるぐらいなら、最低でも相打ちで終えたいのだろう。
「ああ……でも、今すぐに会うのはお勧めしないなぁ。最近まで体調を崩してたし、昨日は誰かさんの迷惑極まりないプレゼントに激怒してたし」
こちらを凝視して、言葉の1つさえ聞き逃すまいとする彼女の目の前で、俺はネクタイを緩めた。
「次こそ蛇光さんも噛まれるかもね。うちの子、蛇光さんのことが大嫌いらしいから、加減なんて出来ないかもしれない」
見せつけたのは慧に噛まれた歯型。寛がせた首元に浮かぶそれを見た蛇光が、今日1番の驚愕を顔に浮かべる。
「前にも言ったけど、うちの子は本当に可愛いでしょう?感情が昂って、こんな痕まで残してくれるんだから」
俺は彼女の返事を待つことなく車に乗り込んだ。閉ざすだけになったドアの傍で立つ蛇光に、緩く頭を下げる。
「蛇光さん、どうぞ優しいご主人と末永くお幸せに。誰かに刺されるなら、どこか遠い場所でにしてくれ」
離れろと手を振って合図すると、蛇光は何も言うことなく後ずさった。何よりも負けることを嫌う彼女の本能が、最後の最後で役に立ってくれたことが幸いだ。
そうして、やっとのことで車が走り出す。少し時間は無駄にしたけれど、いつもよりも早い時間の街並みの爽やかさは、さっきまでの嫌な雰囲気を吹き飛ばすには十分だ。
清々しい青空の下、後部座席の桃が口を開く。
「ねぇリカ。あたし、あの人は絶対根に持つタイプだと思うの。今度は違う方法で付け狙って来ないかしら?」
俺はそれに振り向かず、声だけで答える。
「あの女は絶対に勝てる勝負しかしない。負けるぐらいなら、初めから何も無かったことにするだろうな」
「わぁ、随分と都合の良すぎる頭だこと。それにしても旦那さんまで巻き込むのは、やり過ぎよ」
やんわりと咎める桃の言葉に思わず笑みが零れた。実際に声に出して笑ってしまった俺を見て、後ろから「なによ」と不満げな催促がかかかる。
「勿体ぶらないで教えなさいよ。今のは含み笑いでしょ」
「勿体ぶるも何も、あんなの全部嘘に決まってるだろ。あの人の旦那の顔なんて知らないし、そもそも興味がない」
「えぇ……また嘘ついたの?あれだけ堂々と言い切ってたのに?」
後ろから身を乗り出してきた桃と横目で視線が合った。すっ、と先にそらしたのは桃だ。
「そんな風にあからさまに背けられると、いくら桃が相手でも多少は傷つくんだけど」
「ごめんなさいね、思ったより顔が近くて。いくらリカの性格がこの上なく破綻していても、あんた見た目だけは良いから。それよりも続けて」
俺からの文句を聞く気はないらしい。バッサリと話をぶった切った桃に、苦笑混じりに答える。
「種明かしをすると、旦那の仕事だけは知ってる。あの女が周りに自慢してたからな。肩書きがあるってことは外面は良いだろうし、だから当たり障りなく褒めときゃ大丈夫かなと思った」
「つまり、彼女はリカの適当な嘘に引っかかったのね?」
「そういうこと。ほら、とりあえず褒める時は『優しそう』がベストだって言うだろ?こんな単純な手にかかるほど、よっぽど旦那には知られたくなかったんだろうな」
「それなら初めから何もしなきゃいいのに。傲慢な女」
吐き捨てるように言った桃が正しいようで、少し違う。だって傲慢なのは蛇光だけでなく、俺も桃も同じだから。
寧ろ俺たちの方が彼女よりもずっと質が悪いだろう。
「そうだな。だけど傲慢だと分かっていても譲れないものが、桃にもあるだろ?」
今度は桃が沈黙で肯定する。背けた横顔で、唇をきつく結びながら。
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