アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
546
-
拓海君は迷いのない瞳で俺を真っ直ぐに射る。
そんな風にされたら何をどう言ったらいいのかわからず、また俺は黙る。いつもこれの繰り返しだ。ここには桃もリカも居ないというのに…情けない。
「それは、」
いっそ知らなかったフリを貫けば良かった。大体、俺は何に引っかかってるんだ?
拓海君は友人の弟の友人。もしくは友人の恋人の友人。俺が気にする必要なんてないじゃないか。
「……なんでもない」
結局言い出せずに終わった俺に拓海君が自分の隣を叩いて座れと促す。
2人掛けのソファーは俺が座ってしまうと半分以上を占領してしまう。
安かったからとケチって買ったが、1人なら別に困りはしなかったのに…それが今は大問題となって降りかかる。
1度、2度叩いて俺を見上げる。
「なんで座んねぇの?」
「俺が座ると狭くなるから」
「別に詰めたら平気じゃん。早くー!」
これ以上騒がれたくなくて、俺は出来るだけ身体を小さくし端に寄る。自分の家なのに気を遣い過ぎて胃が痛くなってきた。
「なんでそんな端っこいんの?」
「なんとなく」
「なんで?もっとこっち来ても大丈夫だよ」
子供のように「なんで」を繰り返しながら拓海君は距離を詰めてくる。普段、園児たち以外に近寄られることなどなく、人との距離感がわからない。
これが桃なら殴っているしリカなら…いや、あいつは絶対こんなことしない。
「ねぇ、なんで俺のこと見ないの?」
「いや…見ないというか見れないというか」
「じゃあなんで見れないの?」
拓海君ってこんな子だったろうか。確かに人懐っこいし腕を掴まれたりはした。けれどこんなにグイグイ来られることはなかったのに。
「拓海君ちょっと離れてくれ」
「十分離れてんじゃん!豊さんがこっち見たら俺だっておとなしくしてるよ」
非難の声を上げながらも俺の腕にしがみつき、こっちを見ろと促す。さすが、あの生意気2人と友達なだけあって、拓海君もなかなかの強者だ。
「わかったから…そっち向くから離してくれ」
ハァと零れるため息を隠せないままチラリと拓海君を見る。どうせ無邪気にニコニコ笑っているんだろうと思った。
「豊さんが照れてる!すっげぇ珍しいもん見ちゃった」
いたずらっ子のように悪い顔をして、楽しい遊びを見つけたように目を細めて。初めて見る拓海君の一面に不覚にも魅入った。
他に埋もれてしまいそうな、ありきたりな少年。そのはずだったのに今の彼からは一切感じられない。
「ねぇ豊さん。俺に何を聞きたいの?」
今わかったこと。
彼もまた『特別』だった。同じだと思っていたのは俺だけだ。俺だけがまた『平凡』に沈んでいく。
ずっとずっと日陰の存在で、でもそれを口には出せなくて、これが現実なんだ仕方ないと言い聞かせて。
その中でやっと見つけた自分と同じ存在。俺だけはこの子の理解者になってやろうと思った矢先に、それは勘違いだったなんて滑稽すぎる。
「豊さん聞いてる?」
「あぁ。聞いてる」
「じゃあ何を聞きたかったの?」
「もう解決したからいい。悪いけどこれから用事があるから帰ってくれないか」
不思議そうな拓海君に俺は続ける。
「俺の勘違いだったみたいだ。わざわざ来てもらったのにすまない」
戸惑う彼を半ば無理矢理追い返し、1人考えた。
無口で無骨で卑屈な自分。
いつまでも誰かの陰で生きていけばいい。
どうあがいたって俺は物語の主人公にも、誰かのヒーローにもなれやしない。
可哀想な子だと決めつけていた拓海君にも彼なりの色があって、魅力がある。
何も無いのはやっぱり俺だけだった。
また自分が嫌いになる。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
546 / 1234