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「一緒にいると、どんどん自分が嫌いになる」
そう言って去って行った女の背中を俺はただ眺めた。見つめるんじゃない、自分とは無関係だと思って見ていただけ。
本来なら追いかけるべきなのだろうが俺はそうしたいと思わなかった。
今までだってそうだ。去るなら去ればいい、別に何を言われても傷つかない。
もう俺には傷つく心なんてない。
完璧でいようとすればするほど1人になる。それが嫌で、でも下心を持って寄ってこられるのも嫌だった10代の頃。俺は初めて心を許せる友人が出来た。
けれどそれは簡単にいなくなる。初めて出来た友人は一瞬にして俺の前から姿を消した。
星一の事故の後、荒れに荒れて自暴自棄の俺は自分を誰かに差し出すことで許されようとした。
こんな俺でも求めてくれるならそれで構わない。
たとえ中身なんていらないと言われても、ただ笑っていればいいと言われても別にそれで良かった。
そんな日々を過ごし俺も少しずつ大人になった。
同情されることにも非難されることにも何も思わなくなり、いつしか俺は自分が自分でわからなくなって。
どうしてまだ自分が生きているかの理由すら見えなくなった。
ただ与えられた課題や実家からの仕事をこなし、決められたルールを守る。周りのヤツらが思い出を作っているときに俺は自分を壊していたんだと思う。
星一ならこうするだろう、星一ならこう言うだろう、星一なら、星一なら…星一なら。
俺にとっての星一は何でも出来る男、それなら俺もそうならなければいけない。
より完璧に近づけば近づくほど人は集まり、そして去っていく。
初めは好きだと、愛してると言っていたヤツが泣きながらいなくなる。それを何とも思わない自分は死んでいるようなものだ。それならいっそ死んでしまえば楽になる。
けれど俺の命は星一と引き換えに残されたから。俺がそれを選んでしまえばまた星一を殺してしまう。
星一の代わりに生きなければいけない。でもどうして自分が生きているのかがわからない。心の中で何度も自分を殺し、外では笑って過ごす日々だった。
悩んで、悩んで、悩んで悩んで。どれだけ考えても出ない答え。
数学の問題ならすぐに解ける。人の感情なら甘く囁けば好きなように変えられる。
でも、どうしてもその答えだけは見つからなかった。
そんなある日、俺は大学の交換留学生に選ばれた。もちろん二つ返事で受け入れ海外に渡った。
初めはアメリカ、そしてイギリス。色々な国や街、そして人を見ていると心が安らいだ。
ここには俺を知るヤツがいない。誰も俺を責めない。誰も俺に気を遣わない。
海外にいる間は自由になった気がして…でも日本に戻ったら同じことの繰り返し。
決めていた通り教員免許をとって周りに合わせて笑って過ごす。冗談には笑えばいい。悲しんでいるなら慰めればいい。周りに合わせることはとても容易だ。
些細なことで落ちて桃や豊を避けていた時もある。かと思えば俺から寄って行った時もある。
もう限界だった。
あの頃の俺にとって1番辛かったのは1人でいることでも、陰口を言われることでも自分を偽ることでもない。
あの頃の俺は、ただ生きていることが辛かった。
「いらないなら私に預けてみないか?」
また海外へ逃げた俺に声をかけてきた男。
薄汚れた服を着て酒の匂いを漂わせ、人を馬鹿にしたように笑う。
それがあの爺さんだった。
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