アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
599
-
爺さんは俺を色々なところへ連れまわし、たくさんの景色を見せてくれた。
事故で家族を失ったヤツ、明日結婚するヤツ、仕事で騙されて泣いている男もいればカジノで大当てして豪遊する女もいた。
世の中には色々な人間がいる。今笑っているからといって明日もそうとは限らない。
爺さんは不思議な男だった。見た目は外人のくせに日本語が上手くて、でも時々おかしなことを言う。それを本人はジョークだと言っていたけれど本気で間違っていたのは明らかだ。
いい加減なのに友達が多く、けれどふとした瞬間に寂しそうに遠くを見ていたのを俺は知っている。
「また朝帰りか!お前はこの街の若い子を全て食い散らかすつもりなのか?」
「…うるさい」
「なんだ、今回は男か。とうとう男にまで手を出しおって節操無しめ!」
「なんでわかんの?」
「匂いだよ。今のお前からは女の匂いがしない」
さすが女好きの爺さんだと思った。なんの自慢にもならない特技を無駄に発揮する。
「まさかお前が男もいけるとはな!」
「別に。相手が死体じゃなきゃどんなのでもいい」
俺がどれだけ投げやりになっていても爺さんは責めない。それが楽だった。
爺さんと一緒に過ごすようになり、俺は少しだけ穏やかに日々を送れるようになった。それでも俺の癖は変わらない。求められれば応えるし必要が無くなれば消える。
どこにいても、誰といても俺の本質は同じ。
何もない空っぽだった。
「リカ、今日は採掘に行くぞ!」
ある朝、俺を叩き起こした爺さんに無理矢理連れてこられたのは洞窟。先の見えない真っ暗なそこはまるで俺の人生そのもので、足を踏み入れたら戻れないんじゃないかと錯覚した。
「なんだ、お前でも怖いのか?」
一向に進まない俺に爺さんは意地の悪い笑みを見せる。
「アホか。行けばいいんだろ」
「怖いなら手を繋いでやろうか?」
「誰がジジイの手なんか」
ポツポツと灯る明かりを頼りに中へと進む。冷たい空気、何も聞こえない終わりの見えない道。
無意識に握りしめた俺の手を爺さんが包んだ。
「なんだよ」
「なあ、リカ。世の中で1番綺麗な物って何だと思う?」
「は?どうせ若い女とか言うんだろ」
女と酒が大好きな爺さんだ。きっと自分よりも遙かに年下の、娘のような女のことを指しているのだろうと思った…けれど爺さんは首を振って否定する。
「確かに若い女は好きだ。でも1番じゃないな」
「じゃあ宝石か?爺さんがいつも大事そうにしてる指輪、あれ綺麗だもんな」
爺さんは朝起きてまず首にかけている指輪を磨く。そして寝る前にも。肌身離さず身に着けているソレは綺麗な色をしている。
「お前はまだ子供だな。図体と態度は大きいが中身はクソガキのままだ」
「態度がデカくて悪かったな。で、答えは何だよ」
「この世で1番綺麗な物…それは生きたいと願う心だと私は思う」
そう言った爺さんが胸元から俺に指輪を手渡す。どんなに酔っても手放さなかったソレが俺の手の中にきた。
「それはね、私の妻がつけていた指輪。私が初めて買った最初で最後の結婚指輪」
「妻って…爺さんを置いて行った女だろ」
「そうだね。たった3日だけの短い結婚生活だった。
3日目の朝、おはようを言っていってしまった妻の指輪がそれだ」
そんな女にやった物なんか捨ててしまえばいいのに。それほど高価に思えない、ありふれた指輪を摘まみ上げる。
薄暗い洞窟の中で聞いた爺さんの声を俺は今も覚えている。
「妻は3日目の朝、私にいつも通りの笑顔を見せて遠くへいってしまった。私の好きだった優しい笑顔で、私が買ってあげた服を着て、いつも2人で眠っていたベッドの中で1人でいってしまった」
「それって…」
爺さんの顔はよく見えない。けれど聞こえる声は穏やかで今まで聞いたどの声よりも優しい。
「妻は出会った時にはすでに余命半年だったんだよ」
知らなかった衝撃の事実に俺の手から爺さんの宝物が落ちる。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
599 / 1234