アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
600
-
「こら。大事な物なんだから丁寧に扱ってくれ」
指輪を拾い上げた爺さんは手のひらに乗せたソレを大事そうに撫でる。
「え…だって爺さんは置いて行かれたって」
「間違ってはないだろう。行先までは言っておらん」
どうして自分が捨てられたみたいな言い方をしたのか、どうして俺に本当のことを言ったのか。それがどうして今なのか…頭を巡らす俺に爺さんはハンマーと採掘用のタガネを寄越した。
「とりあえず仕事しろ」
「アンタが言い出したんだろうが」
「働かざる者なんとかってやつだ」
カンカンと岩と金属がぶつかる音が響き、さっきの話は何だったのか腕を動かしながら考える。
俺の後ろで黙々と作業を進める爺さんの背中が揺れる。
「お前を見ていると昔の自分を思い出す。
なんで自分はここにいるんだろう、ここにいていいのか…生きていていいのか。そればかり考えていた頃の私にそっくりだ。まあ私の方が何倍も男前だったけどな」
「いちいち一言余計だな」
「お前の事情を詳しくは聞こうと思わん。でも聞きたいことがある」
爺さんが振り返る。持ってきていたランタンの橙色に照らされた横顔が微笑んだ。
「もしお前が今消えて、それを良くやったと言うやつがいるか?それで正しいって思うやつがお前の周りにいるのか?」
ずっと苦しくて辛くて楽になりたいと思っていた。そんな自分に酔っているんじゃないかと思った日もある。もう忘れてしまえと思った時だってある。
でもどれも間違っている気がして結局何も変わらないまま数年が過ぎた。
「どうして生きているかなんて誰にもわからんだろ。そんなことを考えてどうする」
「どうって言われても…」
「そんなものを考えるぐらいなら何の為に生きるかを考えた方がよっぽどいい」
何の為…それは同じじゃないのか?爺さんが何を言いたいのかがわからなくて俺は黙った。
止まったままの俺に爺さんは手を動かせと注意する。
「理由なんて見つけるのは難しい。でも目的なら自分で決められる、途中で変えることもできる」
「変える…」
「私は今でも妻を愛してるよ。彼女のことを忘れない為、彼女の思い出を大事にしたいから私は生きようと思った。彼女の為に生きること、それは私が彼女を愛しているということ」
爺さんが腕を振り下ろす度キンと高い音が鳴る。それに負けないぐらい、しっかりとした声で爺さんは続ける。
「自己愛、友愛、家族愛。別にそれが恋愛じゃなくていい。お前も誰かを愛しなさい」
「愛…って爺さんのくせにキザだな。それに愛してるってのは死んでもいいって思うぐらい強いもんなんじゃねぇの?」
安っぽい恋愛ドラマで死ぬほど愛してるとかよく聞くし。俺はそんな気持ちになったことなんてないけど…それが普通なんだと思った。
手を止めた爺さんが立ち上がる。腰が痛いとぼやきながらも、俺を見て不敵に笑った。
「死んでもいいと思うほど好きになって、どんどん夢中になる。守ってやりたい、わかってやりたい、その人の為に生きていたい。そう思えるようになって初めて愛してるんだと言える。現状で満足しているうちはまだまだ恋愛ごっこ止まりだな」
すげぇ偉そうに俺に諭す爺さん。いつもだらしなくてズボラで掃除すらマトモにできないダメ親父のくせに。
「お前も誰かを愛する時が来る。今はその為に生きて、そして見つけた時はその人の為に生きろ。
そう思えば生きる事はとても幸せに思えるだろう?」
鼻の頭を汚し目元に皺を刻んで笑う。それはどう見ても綺麗とは思えない。
「今まで見たどんな景色よりも宝石よりも、明日も生きたいと願う彼女が1番美しかった」
たった1人の女を愛し、それを貫く爺さんは悔しいことにすげぇ恰好良く見えた。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
600 / 1234