アダルトコンテンツが含まれます。
18歳以上ですか?
- 文字サイズ:
- 行間:
- 背景色:
-
603
-
「リカちゃん?」
黙ったままブレスレットを凝視する俺に慧が不安そうな目を向ける。それに微笑んで、俺は一緒に用意していた渡すべき物を差し出す。
「これ…」
見覚えがあるその紙を見て慧の目が見開いた。薄いピンクに花柄。これに悩まされていた慧にとっては二度と見たくないだろう。
その予想通り一向に受け取ろうとしない。
「なんだよ」
「んー…慧君へのラブレターかな」
おどけて言えばやっと手に取り、開いて視線を落とす。読み進めるうちに慧の表情がこわばっていく。
「なんでお前が!」
「頼まれたんだよ」
長い間探し続けた彼女は簡単には見つからなくて、最後の手段にと俺が頼ったのは慧の父親。
どんな顔して会いに行けばいいのかわからなくて躊躇っていたけれど、もうそんな事は言ってられなかった。
何度も頭を下げて、下げ続けてやっと教えてもらった彼女は……
「慧。お前の母親はこの街にいる。少し前まで入院していたけどもう退院して今はお前の実家で過ごしてる」
「なんでリカちゃんがそんなこと知ってんの?」
「前にお前が浮気だって疑ってた相手がお前の母親。初めて会った時、駅まで送ってる途中で倒れたんだよ」
そのまま入院になった彼女に俺は付き添って、だからその日は帰るのが遅れて…そういやあれから慧は俺をどんどん疑いだしたな、なんて思い出した。
疑われてるのは寂しかったけれど本当のことなんて言えるわけなくて気付かないフリをしていた。
「お前が見つけた手紙もあの人が咄嗟に俺に渡したやつ。いくら咄嗟とはいえ、もっと誤解されにくい書き方してくれたら良かったのに」
きっと素直に慧の話が聞きたいとは言えなかったんだろう。父親だけでなく母親にまで似てるなんて笑ってしまうけれど、今はそんな場合じゃない。
「そこに書いてある通り、お前に会いたがってる。会って謝りたいって」
「嫌だ。俺は会いたくない」
即答した慧の気持ちはわかる。俺だって同じ境遇なら二度と会いたくないし、どの面さげてそんなこと言ってんだって罵倒するだろう。
でもそれじゃ駄目なんだ。今の慧には必要だから。
そして、それを教えてやれるのはきっと俺しかいない。
「絶対に嫌だからな!なんで俺があんなヤツと会わなきゃなんねぇんだよ。別にいなくても平気なんだから会う必要なんてない」
「慧」
「なんなんだよ…コソコソ人に隠れていらねぇ事しやがって!!」
「お前少しは俺の話を聞けってば」
「やだ!誰があの女を探せって頼んだんだよ!!星兄ちゃんの為だか知んねぇけど俺にまで押し付けてんじゃねぇよ!」
癇癪を起した慧はもう止まらない。彼女を責めて、勝手に動いた俺を責めて、そして星一まで悪く言い出す。
こうなることはわかっていたけれど…慧の口から実の母親と兄を愚弄する言葉は聞きたくなかった。責めるなら俺だけにしてほしかった。
でも全て作戦通りだ。これで後に退けなくなったと拳を握りしめる。
「いい加減にしろよクソガキ。何も知らない、何も見てないくせに自分の感情だけでキャンキャン喚いてんじゃねぇよ」
「知らなくてもいいことじゃねぇかよ!」
「お前何様だよ。知る前から決めつけてお前には何でもわかんのか?それなら俺が今考えてることだってわかるんじゃねぇの?」
やっと口を噤んだ慧。タバコを掴んでその隣を抜け、さっきまでコイツが座っていた椅子に荒く腰を落とす。
火を点け煙を吸い込んで吐き出した。白い煙の向こうで驚いた慧の顔が見える。
視線をそらしたくなるのを耐えて、伏せたくなるのも耐えて。
全てを耐えて耐えて、俺は口を開く。
「お前さ、いつまでそうやってんの?」
「そうやって…ってなにが」
「嫌なことから逃げて、そうしてれば俺がなんとかしてくれるって思ってんだろ」
煙が消えて現れた慧は俺を睨んでいる。けれどその目は不安に揺れていて、いきなりの展開に追いつけないでいるのがわかった。
いつもなら俺が助けてやっている。俺がこうしろって言えば刃向かいながらも受け入れてしまうのが慧だ。
1人で寂しかったお前につけこんで、振り回して、勝手ばかりした俺を受け入れてくれた優しい子。
「リカちゃんには関係ないだろ」
強がることでしか自分を守れないってわかっているのに、それを知っていて俺は傷つけてしまう。
「なんか疲れるな…こういうの」
慧の瞳の中にあった不安の色が濃くなる。
見たくないのに見なきゃいけない…それは最低な手段をとろうとする自分への罰なんだと、その目を見つめる。
現在の設定
文字サイズ
行間
背景色
×
603 / 1234