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握った手に汗が滲み、なんて言っていいかわからない。
「家に上げてくれって。話だけでも聞いてほしいって玄関扉の前で土下座してたよ、彼」
「彼って誰だよ」
話の流れからそれをしたのはアイツ以外にいない。だけど俺の知ってるアイツはそんなこと絶対にしない。
三者面談の時に頭を下げたのでさえ驚いたのに土下座なんてありえない。
それなのに父さんの口から出たのは俺のよく知った男の名前だった。
「獅子原君に決まってるだろ。小綺麗なスーツ着てるくせに躊躇いなくな」
「なんでそんなこと…父さんがしろって言ったのか?!」
リカちゃんは自分からそんなこと絶対にしない。人に屈するのが大嫌いで、俺様で偉そうなのがリカちゃんだ。
食ってかかる俺に父さんは額を押さえた。
「誰がそんなこと言うか。あんなもの見せられて喜ぶわけないだろう」
「じゃあなんで…っ」
「膝をついてでも話を聞いてほしかったんだろうな。聞いたところで認めてもらえるわけでもないのに」
リカちゃんならもっと上手く言えるはずなんだ。
離れて暮らす父さんなんか簡単に騙せるし、適当に合わせてれば済む。わざわざ自分から言いに来る必要なんてない。
「ずっと隠すのはいつかお前の重荷になるかもしれない。家族として一歩を踏み出すのに余分な隠し事はさせたくない…だそうだ」
「なにそれ」
「わざわざ言いにきた理由。彼ならきっと私達を騙せただろうに、そうしなかったのは自分がいなくなった時にお前の帰る場所を残しておきたいから。全て奪うのは簡単だけどお前の為にはならない」
痛い。身体と心が痛くて軋む音が聞こえそう。
「獅子原くんが一言、自分を選べと言ったらお前は迷わず付いていくだろう?私や恒二のことなんて忘れてお前は彼について行く」
「そんなこと、ない」
そう答えてそれは嘘だと思った。俺はリカちゃんが来いって言えば父さんたちを捨ててでもついて行く。もう会えないって言われてもリカちゃんを選ぶ。
「嘘だな」
見破った父さんが浮かべるのは寂しそうな笑み。
「そうなるのがわかってるから彼はここに来たんだよ。どんな結果になっても彼はお前の居場所を必ず残す」
父さんはリカちゃんと何を話した?リカちゃんは父さんに何を言った?
それを知ったらこの痛みはなくなるんだろうか。
「私にありのままを話すのは彼にとってリスクしかない。学校に報告されれば懲戒解雇で教師の道は途絶えるし、裁判だって起こせる」
「裁判ってなんで?」
「お前は未成年だろう。教師の立場を利用して生徒を誑かし関係を持った。私が息子は脅されたんだって言えばそれまでだ」
「脅されてない!!俺は自分から…」
慧と俺の名前を呼んだ父さんの目はすげぇ鋭くて、さっきまでチョコレートを食べてたのと同一人物とは思えなかった。
「お前は未成年で私はお前の保護者だ。お前の意見なんて誰も聞かない」
「そんなのっ」
言い返そうとして何も言えなかった。悔しいけどその通りだからだ。
父さんが本気になればリカちゃんを辞めさせて俺を遠くに転校させて…そうしたら会えない。
リカちゃんだけじゃなく、歩や拓海、桃ちゃんや美馬さんにも会えなくなる。
父さんの一言で俺は全部失う。
拳を握った手のひらに爪が刺さる。けれどその痛みすら感じないくらい緊張がすごくて心臓が飛び出そうだ。
「もう1度聞く。どうして彼と別れた?」
俺は答える。
「別れてない」
別れてない…ただ、離れた方がいいって言われただけだ。そう心の中で補足した。
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