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「慧、顔を上げなさい。まだ話は終わってない」
なんだか急に父さんの声が柔らかくなった気がした。顔を上げた先には相変わらず難しそうな顔して立っている姿があって、気のせいなんだと思った。
「誰かを傷つけたらその倍優しくしてあげなさい。母さんが小さい頃にそう言っていたのを覚えてるか?」
「知らない」
「まさにその通りだと思う。慧は彼に安心を返さないといけない。これから先、事あるごとに迷って全て彼の所為にしないように強い自分になりなさい。いつまでも彼を理由に逃げていたらいけない」
門が開いて恒兄ちゃんが帰ってきたのが見えた。そろそろ父さんとの話も終わるのに、頭の中がいっぱいで全然整理できてない。
「獅子原君にちゃんと聞いてごらん。闇雲になんでを繰り返すんじゃなく、相手が何を思って何を求めてるのか今のお前ならわかるはずだから」
目尻に皺を寄せた父さんがぎこちなく笑う。すげぇ下手な笑顔なのに、それを見てるとなんだか何も言えなくて…また俺の中で父さんのイメージが変わったのを感じた。
「どうやら私はいい父親にはなれそうもない。それならせめてお前の味方ではいたい」
「父さん」
「大丈夫、こう見えても私は人を見る目はあるんだ。私が認めた男に間違いはない」
そのタイミングで玄関の扉が開き、部屋に向かってくる足音が聞こえる。開いた扉から現れたのはもちろん恒兄ちゃんで俺たちを見てにこりと笑った。
「話は終わりました?」
「なんのことだか」
無表情に戻った父さんが額を掻く。気付いてしまえばわかりやすい癖に恒兄ちゃんはため息をついて、けれど何も言わなかった。
「そろそろ母さんが戻ってくるけどどうする?」
「…………今日は帰る」
恒兄ちゃんの後ろをついて部屋を出る。母さんと会うことを強要してこない父さんに俺は自分から話しかけた。
「父さんの言ったこと…ちゃんと考えてみる。
でも、それとあの人に会うのは別だから」
言い逃げるようにして俺は家を出た。この家で父さんと恒兄ちゃん、そして今は母さんが暮らしてる。本当なら俺もそこにいるべきなんだろう。
けれど俺の帰る場所はここじゃない。
「じゃあまたいつでも帰っておいで」
マンションまで送ってもらって車から降りる。走り去るその影が見えなくなるまで見送り、俺は上を見上げた。
ベランダに立ち、こちらを見下ろしているリカちゃんと目が合う。
「おかえり」とかけられない声に胸を痛めながらも中に入り部屋へと向かう。
どっちの鍵を使うか悩んで俺が手にしたのは自分の家の鍵だった。
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